病気になるまでは

ロシア モスクワ / ハン・ソヒ

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私は幼い頃から元気に育った。そのためか、誰かが病気で学校に来れなかったり、職場を欠勤するという話は、ただの言い訳だと思った。

そんな私に突然、腹痛が起こった。一つのことに没頭したり、神経が尖る時は必ず痛みが始まった。仕事をするのに少し不便だったが、耐えられるのであまり気にしなかった。

ある日、本当に深刻な腹痛が起きた。座っていることも、立っていることも、さらには横になることさえできなかった。ご飯はもちろんのこと、無理やり飲み込んだ薬までも吐き出してしまった。できることが何もなく、ただ痛みに耐えなければならなかった。

父との出来事が頭をよぎった。胃が悪い父はしばしば胃けいれんに苦しめられたりした。ある日、寝ていた父が明け方に突然トイレに駆けつけたことがある。徹夜で課題をしていた私も、父の胃けいれんが再び始まったことが分かった。外に出て父の様子を見なければならないのに、私は課題を早く終えなければならないという思いだけだった。

翌日、父が寂しさを表わした。

「○○、お父さんが具合が悪かったら出てきて、ちょっと様子を見てくれてもいいんじゃないか?」

その時になってやっと気がついたが、まともな謝罪はできず、うやむやに対話を終えてしまった。

私が直接病気になってみると、父親の痛みも分かるような気がした。これまで父の苦痛を無視してきた自分自身が恥ずかしかった。温かい一言も口にしない娘のため、心まで痛んだはずの父に申し訳なかった。

天の父にも申し訳ない気持ちを隠すことができなかった。子供たちの救いという目的一つで、37年間苦しい福音の道を歩まれてきた私たちの天の父。父の苦痛を知っていると言いながらも、感謝の気持ちをまともに表現できなかった。子供たちが分かってくれなくても黙々と愛で堪えられた父の犠牲を今になって推し量り、心から感謝をささげる。

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