ときに、ユダヤ人の仮庵祭が近づいていた。…祭りが最も盛大に祝われる終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている“霊”について言われたのである。… ヨハ7:2、37-39
神様の命令に従って三次に組織された七つの祭りのうち、仮庵祭は聖霊の祝福が約束された祭りである。2千年前にはイエス・キリストが、今日では霊と花嫁がその祝福を許される(黙22:17)。
仮庵祭を含む三次の祭りが9月15日から10月6日まで行われた。175か国の神様の教会の聖徒たちは、エロヒム神様が注がれる祝福と御力で、一日も早く世界福音を完成することを願い、祭りを神聖に守った。
三次の七つの祭りがすべてそうであるように、角笛祭も3500年前の出エジプト当時のモーセの行跡に由来する。金の子牛の偶像崇拝によって十戒が壊された後、民は神様に罪を告白して心を尽くして悔い改め、神様はその罪を赦す意味で二番目の十戒を許された。モーセがシナイ山で二番目の十戒を受けて降りてきた日が聖暦7月10日の大贖罪日であり、神様が10日前に悔い改めるよう促す角笛を吹いて大贖罪日を準備させた日(聖暦7月1日)がまさに角笛祭である(出34:1-29、レビ23:23-24)。
9月15日(聖暦7月1日)、角笛祭の大聖会を迎え、母は子供たちが神様の前に完全に自服し痛悔して、すべての罪が贖われることを切に望まれ、全人類が罪の赦しの祝福ヘと進み出ることができるように皆が悔い改めの角笛を力強く吹くよう祈られた。
角笛祭の由来を説明した総会長・金湊哲牧師は「天で罪を犯した私たちが天国に戻るためには悔い改めが先行されなければならず、悔い改めには罪を告白し許しを求める祈祷だけでなく、全人類を罪の赦しに導く献身と奉仕が必要だ」と力説した。「今まで神様の御心に沿わずに罪に留まっていた時間があったなら心から悔い改め、エロヒム神様と新しい契約に対する確信を持って福音を伝え、魂を救おう」という金湊哲牧師の説教に聖徒たちは力強い「アーメン」で応え御言葉を胸に刻んだ(ヨハ16:33、イザ41:10-14、ルカ5:31-32、一ヨハ1:8-10、イザ53:1-6、エフェ1:7、エレ31:31-34、ルカ22:7-20)。
同日夕方から10日間の大贖罪日祈祷週間が始まった。全世界の聖徒たちは過去の罪を朝夕に自服し、悔い改めに相応しい福音の実を結ぶことを祈り、大贖罪日を敬虔に準備した。
旧約時代の大贖罪日の儀式には、罪の赦しの摂理が内在している。普段、民が罪を犯せば、祭司が獣の血で贖罪の献げ物をすることで、その罪が聖所に臨時的に移された。その後、大贖罪日に大祭司が雄山羊二匹を選んでくじを引き、一匹は神様のための贖罪の献げ物としてささげた。アザゼルのためのもう一匹の山羊は、その頭に両手を置いて民の罪を告白し無人の境である荒れ野に送ったが、そこでアザゼルの雄山羊が死ぬことで民の罪も完全に消滅した。これはアザゼルに表されたサタンに私たちの罪が渡され、罪の根源であるサタンが永遠の火の池に投げ込まれることで罪も消えるということを意味する(レビ16:5-22、黙20:10)。
9月24日(聖暦7月10日)、大贖罪日大聖会を迎え、母は子供たちの罪を贖われようと御自ら贖罪の献げ物となられ、十字架の犠牲と苦痛を厭われなかった父に深く感謝し、涙で痛悔した子供たちの祈りに全て答えられ、皆に罪の赦しの恵みを下されるよう切に願われた。
総会長キム・ジュチョル牧師は「大贖罪の犠牲の献げ物は父なる神様を、民の完全なる贖罪のために大贖罪日に大祭司が必ず入らなければならない至聖所は天のエルサレムで、母なる神様を表す。天の父と母を通じてのみ私たちの罪が完全に赦される」と強調した。また「イエス様が天国の福音を叫ばれる時、初めておっしゃった御言葉が『悔い改めよ』だった。宣教こそ他人を悔い改めさせるとともに、自らも真の悔い改めに至る重要な信仰的行為であることを悟り、罪の赦しの根源であられる父と母を全世界に知らせよう」と促した(ルカ5:30-32、イザ59:1-3、詩7:12-13、ルカ13:1-5、黙2:4-5、21-23)。
礼拝後、母は力を尽くして祭りを守った聖徒たちを励まされ、神様の子供が備えるべき心構えを教訓された。国際紛争と気象異変、地震など災難で苦しみ恐怖に震える世界の人々を自分の家族のように哀れみ、彼らに救いの真理と天国の希望を伝えることが神様の子供としての本分であり、人類の救いを願われる父に喜びをお与えすることであることを悟らせられた。
金の子牛の偶像崇拝の罪を赦されたイスラエルの民たちは、その恵みに感動し大贖罪日の5日後の聖暦7月15日から7日間、神様の命令通り十戒を保管する幕屋を建てるための材料を集めたこの歴史を記念するために、旧約時代には仮庵祭に多様な木の枝で仮庵を作り一週間楽しく過ごし、新約時代には神殿の材料として表された神様の民を導く宣教大会が続く(出35:4-29、36:1-6、レビ23:33-41、エレ5:14、エフェ2:20-22)。
9月29日(聖暦7月15日)、仮庵祭大聖会の礼拝が国内外の神様の教会で一斉に行われた。母は大贖罪日で罪を洗い流した子供たちが、清くなった心霊に滝のような聖霊を許されること、天で失われた魂を聖霊の権能で全て探す歴史が一日も早く起きることを祈られた。
聖霊の力を得て、自ら望んで福音に臨む時、人類救援の使命を果たすことができると強調した総会長・金湊哲牧師は「どんな時代でも神様の助けがある時、権能の歴史が起きた。自分の考えではなく神様の視線と御力で福音を伝え、私たちの力では不可能な福音完成の歴史まで成し遂げよう」と激励した(マタ9:27-30、28:18-20、マコ9:23、マタ7:7)。
仮庵祭の夕方から7日間続いた宣教大会を通じて家族と隣人に熱心に福音を伝えた聖徒たちは、秋の雨の聖霊が満ち溢れるほど注がれることを願い、10月6日(聖暦7月22日)仮庵祭の大会の終わりを迎えた。
聖霊を受ける条件が神様を正しく知ることであることを明らかにし、イエス様を迎え受け入れた人々が聖霊を受けて一日に数千人を導いた初代教会の歴史を振り返った総会長・金湊哲牧師は「この時代には聖霊と花嫁が命の水にたとえられた聖霊を許される。聖霊の御力を得て、救いの真理を知らずに渇いた魂たちに命の水の根源を熱心に知らせよう。それが聖霊を受けた者の使命だ」と説教した(黙22:17、ホセ6:1-3、エゼ47:1-12、ヨハ20:19-22、ガラ4:26)。
この日の午前と午後の礼拝を通じて、仮庵祭の聖霊運動で全世界に散らばった天の家族を探して救えるようにしてくださることを切に祈られた母は、礼拝後も祝福と教訓の御言葉を惜しまれなかった。大小の災いで消えていく命とそれによって悲しみと苦痛に陥った世界の人々を残念がられ「イエス様はペトロに『私を愛しているか、私の羊を飼いなさい』と三度、頼まれた。死にゆく魂を生かすことが神様に向けた愛を表現する方法であり、最も崇高な愛」という御言葉で福音に努めることを繰り返し願われた。
天の母の祈りで始まった秋の祭りは、母の御言葉で終えられた。全世界の聖徒たちは、祭りに許された秋の雨の聖霊と祝福の御言葉に支えられ、全人類の救いを願われる神様の御心を成し遂げるという覚悟の中で、福音を伝える足取りを急いでいる。