良い関係を保つための交渉法
互いの意見が食い違った場合、自分の考えを主張するよりは相手の気持ちを理解する必要がある。交渉は勝ち負けの対決ではなく、相手の心を動かすことだからである。
「人生の8割は交渉だ」
アメリカの交渉専門家ハーブ・コーエン(HerbCohen)の言葉だ。“交渉”と言えば、国際交渉、年俸交渉など重大事案をめぐって繰り広げられる激しい接戦を想像するかもしれない。しかし交渉は、外交関係者や事業家だけに限られた特別な任務ではない。お店で気に入った品物の値段をまけてもらうこと、職場で同僚と昼食のメニューを決めること、ひいては家で家族と家事を分担すること、子どもの小遣いを決めること等々、個人間で折り合いをつけることも交渉に含まれる。 格式ばって応接台を挟んで向き合わなくても、ハーブ・コーエンの言葉のように日常が交渉の連続であるわけだ。
自分の望むことすべてが叶えられたり、双方の欲求が常に一致するようなら世の中に葛藤というものは存在しないはず。しかし現実は、個人の力だけでは実現しがたい場合が多く、互いの意見が相反するために、双方があっさり退くことが難しい場合が多い。この世で生きていく中で絶えず直面する大小様々な問題に円満な合意点を見出すこと、つまり対話と妥協が必要な理由だ。
親しい間柄であればあるほど、些細な行為によっても互いに影響を及ぼすため、交渉の重要性はさらに大きいといえる。葛藤につながりそうだったところを、対話と妥協でうまく解決できれば、相互間の信頼度がアップするだけでなく満足感も伴う。成功に導く交渉の仕方にはどのようなノウハウがあるのか研究し、交渉が必要な瞬間に適切に活用してみよう。
否定的な感情表現は妥協を難しくする
人は同じ状況におかれていても、人によって思考や行動のポイントが異なる場合があるが、それにはその人なりの必然的な理由がある。この点を見過ごした状態で自分だけが正しくて相手は間違っていると認識してしまうと、否定的な感情を持ちやすくなる。たいてい、自分の常識から外れた内容については「これは怒ってもしかるべき」と考えるからだ。また、相手との対立において不利益をこうむったり心理的な敗北感を感じた場合には、自分の主張をさらに強く推し続けることになるが、こういった場合も相手に対して感情的に接する可能性が高くなる。
不快感やイライラ、怒りのような否定的な感情表現は、交渉における最大の障害物となる。感情的になれば平常心を失い、こちらの要求をまともに伝えることが難しくなるばかりでなく、声のトーンが荒くなり相手を刺激する言葉が飛び出し、ややもすれば喧嘩になりかねない。そうなってしまったら本来の目的を果たすどころか、互いの心が傷ついた状態で交渉は幕を閉じてしまう。
相手が怒ったり無理を言ってきた場合、相手とそっくり同じ態度で言い返すのは、効果がないと共に賢明な方法でもない。だからといって、相手の気持ちに合わせようと途方もない要求を聞き入れたり案件を回避したりすると、後でさらに大きな混乱と葛藤が生じかねない。相手が怒りだした場合、いったん相手の気持ちを尊重して怒りが収まるよう助け、失望した点については落ち着いて率直に話すのが賢明だ。重要なのは、その人自身と問題とを分けて考えるべきだということ。相手の提案や案件についての意見は述べても、相手の人となりや思考能力を判断し非難するような言葉は慎むべきである。
配偶者が約束を破ったとき
「あなたは約束を軽く考える利己的な人だ」(X)
「あなたが約束を守らないと、がっかりすると同時に腹が立つ」(O)
子供が高価な物を買ってほしいとせがむとき
「とんでもないこと言うな」「何考えているの?」(X)
「○○がして欲しいことを全部してあげられなくて、ごめんね」(O)
食べたいメニューが異なる場合
「私が食べたいもの以外のは、食べない!」「これ、まずいじゃない!」(X)
「メインメニューはあなたが選んで、デザートは私が決めるのはどう?」(O)
「要求」の中に隠れた「欲求」を把握
円満な妥協のためには、自分が何を望んでいるのかきちんと伝える必要があるが、相手が何を求めているのかをきちんと把握することがさらに重要となる。表面に見えている一部分が氷山のすべてではなく、水面下に巨大な部分が隠れているように「なぜ、あんな要求をするのだろう?」と探りつつ、その裏に隠れた根本的な欲求が把握できれば、問題解決の幅が広がる。相手の要求をそのまま受け入れるのが難しくても、その代わりに他の方法を模索すれば、その欲求を満たすことができるからだ。
相手が何を望んでいるのかきちんと知るには、適切な質問をした上でそれに対してどう答えるのかをよく聞かなければならない。私たちはよく、相手が要求する理由を問いただしたり、自分が知っている内容を相手も知っているという前提のもとで話したりする。このように意思疎通が十分でないために葛藤が生じる場合が多いため、相手の話によく耳を傾けるだけで意外と簡単に解決できる。ただし「なぜ?」「何のために?」というふうに反応すると、相手は「自分の要求を受け入れたくないのだな」と誤解する可能性があるので、表現の仕方に注意しよう。
国内のある経営教育機関で、交渉に関する授業の受講生を二つのグループに分け、一方では相手の意見に反論しながら提案を断るようにさせ、もう一方では相手の意見に共感した後で断るようにさせた。それから、提案を断られた人々に交渉結果に対する満足度を尋ねた。双方とも提案が断られたという事実は同じだが、自分の意見に共感してもらったグループは、交渉について満足していた。
相手の言葉に共感を示すことは、何よりも重要である。共感性をもつようになると、敵ではなく一緒に問題を解決していく協力相手に変わる。また、人は概して自分の感情と欲求を相手が充分に理解したと感じると、安心してそれで満足することもある。したがって、たとえ相手の要求事項を聞き入れることはできなくても、その欲求に対する共感を示せば、相手はずっと心を開いて話し合うことができる。
毎回ハミガキを嫌がる子どもとの根比べ(こんくらべ)
子供たちは、ハミガキがなぜ嫌いなのかについて筋道立てながら説明できない。表面的にはハミガキそのものが嫌いなように見えるが、実はハミガキ粉の味が辛いとか、親が強制してハミガキをさせるのが嫌なのかもしれない。子どもの目線に合わせて聞いてみて、その理由が分かったら子どもの気持ちを察して共感してあげなければならない。子どもに、果物のフレーバーのハミガキ粉や子どもの好きなキャラクターの絵がついた歯ブラシを買ってあげたりして、ハミガキに対する拒否感を少なくし、一人でハミガキができたら盛大に褒めてあげよう。
妻が日光を浴びようとカーテンを開けておいたのに、夫は閉めたがるとき
妻は“カーテンをなぜ開けたのか”について説明し、夫に“なぜカーテンを閉めたいのか”聞いてみよう。テレビの画面がよく見えないから、昼寝をしようとしたら眩しかったから、外部から中が見えたらまずいと思って…などなど、カーテンを閉めようとした理由があるはずだ。夫の答えを聞いたら、まずはそれに共感した後で双方の欲求が満たされる方法を探してみよう。テレビの画面までが陰になるように調節してカーテンを閉めるとか、アイマスクを持ってくるとか、または一定の時間が過ぎたらカーテンを閉めるなどの代案を提示してみよう。
良い関係を維持するための成功率の高い交渉
交渉の結果は大きく三つに分けられる。双方とも結果に満足できない、片方だけが満足、そして双方が満足して次の約束にいたるという場合である。最も理想的なことは言うまでもなく“双方とも満足し合う交渉”である。
双方が満足するという成功的な結果を得るためには、利益中心よりも関係中心の交渉をすべきである。目先の利益をどちらがより多く獲得するかという勝敗対決で交渉に臨むと、望ましい結果にはつながりにくい。また、自分に利益が回ってきても関係に傷が生じた場合は、長期的には失敗に他ならない。
妥協が円満に行われるためには、緻密な論理と弁舌が欠かせないと思いがちだが、実際の対話の中で成否を左右するポイントは、言葉遣いと態度である。論理で押しこめたり、相手がその提案に屈服せずを得ない理由を突きつけて窮地に追い込むような行為は、相手の心を閉ざすだけだ。ソフトで親しみある態度と優しい口調で相手の心を開いて、良い雰囲気づくりにつとめる努力が何よりも必要となる。
「どうすれば相手に勝てるか」ではなく「どうすれば互いにもっと理解し合い、円満な合意のもとに良い関係が維持できるのか」を考える必要がある。相手に対して自分の要求を伝えたとしても、目的を達成した後も相手の気持ちが愉快であってこそ成功的な交渉だといえる。場合によっては、今は損をしたとしても、信頼関係を築いて絆を深めたほうがいいかもしれない。適切な譲歩と妥協によって絆を深めれば、次の交渉ではより優れた結果が期待できるからだ。
成功的な交渉のための「Yes-But法」
人は自分の提案に対して「No」で始まる答えを聞くと、否定的な感情を抱いてしまい、その後いくら妥当な理由を説明しても、納得するよりは対抗しようとする心理が働いてしまう。No-because法の代わりにYes-But法を使って「そうですね、でもこのほうが可能性が高いかもしれません」というふうに、肯定的かつオープンな対話をしてみよう。
家族のように身近な間柄であるほど、意見や望むことが食い違った場合にそれぞれが感じる失望感も大きくなる。しかし、争いというのは双方のギャップが理由で始まるよりは、相手を無視したり反論することから始まる場合がほとんどだ。絆の深い家庭は妥協の必要がない家庭なのではなく、異なる意見や他の欲求を持っていても、相手を認め、妥協と対話によって調整を重ねていく家庭のことだ。
実際のところ、心から願うことや自分が正しいと思っていることについて譲歩するのは容易ではない。しかし、何であれ自分が願ったからといって得られるわけではないので、自分の思い通りにしようとするよりは「協力」に焦点を当てなければならない。どうせなら前向きに楽しく、問題を障害とみなすよりは、賢く対処して発展を成す機会だと考えてみよう。いくら極限の葛藤状態に置かれても「対話で解決しよう」という意志を見せ、家族に「今も変わらずあなたを尊重し愛しているよ」という信頼感を示せば、双方が満足できる合意点を必ず見出すことができるに違いない。