どうやって耐えられますか

韓国 忠州 / キム・ソンスク

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幼い頃、狭い部屋で四人姉妹がこぞって寝床に着こうとすると、先に寝ていた母のうめき声が聞こえた。

「ああ、ああ…」

二歳年上の姉と私は、母が病気ではないかと心配した。

「明日の朝、起きたらお母さんがどこか具合が悪いのか姉さんが必ず聞いて。分かった?」

「分かった」

朝起きると母親はすでに外仕事をしに出て行った後で、私たちは聞くこともできないまま時間が経つと忘れてしまった。

先日、実家に行った時もそうだった。先に寝た母親のうめき声が聞こえた。

「お母さん、どこが一番痛いの?手術したところが痛いの?腰?足?」

母親は、手術したところもそうだし、あちこち痛くないところがなくて、体を動かすたびに「ああという声が自然に出る」と言った。

最近、私もそうだ。私がその時の母親の年齢になってみると、外出して家に帰る途中に、皿洗いをする時、洗濯物を畳む時、夜も昼もああ…という声が自然に出てきて、びっくりしたりする。だからといって、私の人生が母親の人生のように苦しかったわけでもないのに、指の節々から腰、肩、足までただ座っているだけでも、ギシギシとうずく。息子は私が弱音を吐くと、病気を育てずに病院に行けと言うが、それが思ったほど簡単ではない。

その時代、母親は子供たちにどこかが痛いという話をしたことがなかったようだ。私たちが幼すぎたからなのか?それとも仕事に追われて痛いことも忘れてしまったのだろうか?今、母親が感じている全身の痛みは、母の人生の一部になってしまったようだ。母親はその長い苦痛の時間をどうやって耐えてきたのだろうか?私たち五人の子供たちのために耐えたのだろうと思い、その頃の母親のつらい人生がしきりに思い出される。

今、罪悪の地で分別のない子供たちと共におられる天の母の人生もまたそうだろう。天の父が昇天される前、天の母に言われた言葉が思い出される。

「どうやって耐えられるのですか?…」

天の母は罪人になった子供たちのために言葉では言い表せない苦痛の時間を過ごしておられる。もしかすると、信仰が弱い子供たちがつまずくのではないかと心配されながら、苦痛で辛くても表に出されずにお一人で耐えられる。これまで世間知らずの子供だったため、天の母の重い荷を担うことができなかった。天の母の安危より私の平安だけを追求し、私だけが苦痛で大変だと思っていた。

子供たちの救いのためだけにと天の母が背負われる苦難を推し量り、天の母の喜びを私の喜びに、天の母の悲しみを私の悲しみとして思う子供になろう。心から望む。成長した子供として、天の母の人生に慰めと笑いになりたいと。