視点を変えたら見えてくるもの

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小説では「誰が、どのような方法でストーリーを導いていくか」によって、視点が変わっていきます。語り手が物語の中に登場すれば一人称、物語の中にいなければ三人称になります。その中でも、語り手が主人公か観察者か、登場人物の内面をすべて知り尽くしている語り手かによっても視点が決まります。その中でも、語り手が主人公か観察者か、登場人物の内面をすべて知り尽くしている語り手かによっても視点が決まります。一人称の主人公視点で語る場合なら、主人公の内面を生き生きと表現し、読者の没入感を引き出すことができます。三人称全知的作家の視点なら、主人公だけでなく周囲の人物の心理について細かく描写し、状況まで分析して作家が伝えたいストーリーを正確に伝えます。

人生を見つめる視点については、どうでしょうか?人は、たいてい一人称の主人公視点で生き、判断をくだします。自分が置かれた状況に集中し、任された仕事を主体的に処理することは重要です。ただし、問題が発生した際に自分の立場だけを考えると、責任の矛先を他人に向けやすくなります。自分だけが大変な仕事をしていて、他の人は楽に働いているように見えたり、自分の失敗の理由を制度や周囲の環境にばかり求めるといったふうにです。

では、三人称で状況に目を向けてみたらどうでしょうか?アメリカ・ミシガン州立大学心理学科のジェイソン・モジャー教授は、実験を通して第三者という立場から自分の状態を見つめてみると心理的な距離が確保され、感情のコントロールをするのに有利であるという結論を出しました。自分を小説の登場人物の一人だと思い、今どのような感情を感じているのか、その感情を引き起こした原因は何か、他の登場人物の役割は何か、周囲にどのような影響を与えているのかについて考えてみるのです。心を落ち着けて一歩離れて全体を見渡すと、広い視野を持つことができます。これは状況を理解し、より開かれた心で問題を受け入れるのに役立ちます。

聖書には、ぶどう園の労働者のたとえ話が出てきます(マタ20:1-16)。ぶどう園の主人は外で遊んでいた人々を呼び、ぶどう園で働かせます。夕方になると、主人は早朝から働いた人や途中で入ってきた人、仕事が終わる1時間前に農場に入った人まで、すべて同じ賃金を支払います。朝から働いた人の一人称視点で見ると、自分が長く働いた分だけ多く賃金を受け取るべきなのに、少しの時間しか働かなかった人と同じ賃金をもらうというのは理不尽だと感じ、腹が立ちます。同じ状況を、別の視点で判断してみましょう。主人は最初に約束したとおり、全員に賃金を支払いました。また、最後に入った人々は仕事を提供してくれた主人に対する感謝の気持ちから、身を惜しまず一生懸命働き、一日分の仕事を短時間でこなしたかもしれません。

福音の職務を遂行し、自分の手間が他の家族よりも大きく見える時があります。しかし、私たちが「全知的」存在でない限り、すべての状況を知ることはできません。全知全能の神様がご覧になるには、種を振りかける者や水を与える者や福音のために苦労するすべての者が愛らしい。直面した試練を乗り越え、神様に忠実なすべての労苦を覚えて行ったとおりに賞をくださる(黙22:12)。ありがたくも、見えない手間はあっても無駄な手間はない(一コリ15:58)。罪人たちを呼び、貴重な職務を任せてくださった神様に感謝し、汗滴の結実を待つ主人の視点を持ってみましょう。与えられた位置で最善を尽くす兄弟姉妹と、一緒に受ける命の冠が見える。