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御言葉と糧

275 照会

人は食糧を食べなければ、まともに活動することができません。思考もまともにできず、目標と計画を適切に遂行することもできません。霊的にも同じです。霊的な生活をするにも、命の糧を摂取しなければ、私たちが望む霊的な恵み深い活動を計画し進めていくことができません。

神様の御言葉は私たちにとって命の糧であり、私たちの魂を生き返らせる力があると、聖書は教えています。イエス様は「朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい」という教えを下さいました(ヨハ6:27)。朽ちる食べ物、すなわち世のものを追い求めるために、霊的な食べ物である神様の御言葉から目を背けてはならない、と与えられた教訓です。神様の御言葉の糧が私たちにとってどれだけ貴重なのか、悟る時間を持ってみましょう。

働き蜂と女王蜂の違い

蜂は、植物が実を結ぶことに一役買い、自然界の秩序を維持する一員として、これまでこつこつと働いてきた昆虫です。蜂の中には、仕事だけする働き蜂と、群れを統率する女王蜂がいます。働き蜂と女王蜂の違いは、他でもなく食べ物にあります。

蜂の巣で孵化した蜂の幼虫は、孵化した直後から皆一緒にローヤルゼリーを食べるのですが、働き蜂は4日ほどだけ食べて、その後は他の餌を食べるのに対し、女王蜂は一生ローヤルゼリーを食べ続けるそうです。女王蜂は働き蜂よりも体が大きく、寿命が7週間程度の働き蜂に比べてはるかに長生きし、約7年も生きると言います。このような違いが食べ物によって生じるのです。

このように昆虫の世界を通じても、神様の摂理を発見することができます。神様は私たちを永遠なる神様の国の王にしてくださろうと、天に「王の系統を引く祭司」の座を用意しておかれ、この地で霊的に鍛錬してくださっています(一ペト2:9、箴17:3)。ところが、王の系統を引く祭司の座は準備されているのに、肉的な生活に浸って、神様の御言葉を疎かにし、御言葉を調べることを中断してしまえば、結局はその座に至ることができなくなります。

この世で生活していると、私たちはどうしても世の中のことに多くの時間を費やすことになります。肉の糧のための労働に多くの時間をかけるだけでなく、時には自分の好きな娯楽を楽しみ、趣味にもかなりの時間を費やしています。ところで、このような生活の中で、私たちが神様の御言葉をどれだけ多く調べているか振り返ってみる必要があるでしょう。蜂の世界を見ても、ある蜂は4日間しかローヤルゼリーを食べないため、7週間生きる働き蜂にしかなれませんが、ローヤルゼリーを食べ続ける蜂はだんだん変化して、他の蜂よりも優れた体格と寿命を持つ女王蜂になります。それと同じように、御言葉の糧を絶えず摂取する人は、群れを導く位置に立つことになり、最終的に永遠の命を享受することになるのです。

この糧は、神様がすべての者に許されたので、誰もが皆受け取って食べさえすればいいのです。御言葉の糧を毎日摂取し、神様の御言葉の内にいながら生きていく時、神様の御言葉に対する従順と神様を尊ぶ信仰など、すべての資質を備えた王の系統を引く祭司として、私たちの魂が鍛えられるのです。

神様の御言葉は魂の糧である

常に御言葉に従って生活し、御言葉を通して賜る天国の希望を持って、今日の困難や逆境をすべて勝ち抜いていかなければなりません。神様の御言葉を霊的な糧にたとえた聖書の教訓を見てみましょう。

見よ、その日が来ればと/主なる神は言われる。わたしは大地に飢えを送る。それはパンに飢えることでもなく/水に渇くことでもなく/主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。 アモ8:11

神様の御言葉は、私たちの魂の糧です。ところが、初めて真理の御言葉を学んだ時は、恵み深く、感銘を受けながら勉強したのに、しばらく経ってからは「もう、すべて知っているから」と思ってしまい、御言葉の勉強をつい疎かにしてしまう場合があります。この世のことに忙しくて御言葉を後回しにしていると、最初は蜂蜜のように甘く感じられた御言葉の「味」が、徐々に感じられなくなります。荒れ野で糧が切れたイスラエルの民に、神様が毎日のようにマナを降らしてくださった時、最初は民が「蜜を混ぜた菓子」のようにおいしいと言って食べていましたが、後には「粗末な食物」だと不平を言いました(出16:31、民21:5)。御言葉に接する際に、もしかして自分自身がそのような立場に立ってはいないか、点検する必要があります。

霊の糧である神様の御言葉を持続的に調べなければ、まるで働き蜂が3、4日はローヤルゼリーを食べても、その後は食べなくなるのと同じ状態です。御言葉から遠ざかる瞬間、天国の王の系統を引く祭司という職も遠ざかってしまいます。神様の御言葉の糧を、日々自分の魂に供給し、昨日見た内容であっても今日もう一度振り返ってみると、その中から、今日この瞬間に必要な教訓を、新たに発見することができるでしょう。

あなたがたは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれたのです。こう言われているからです。「人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。 一ペト1:23-25

人は、新たに生まれなければ神様の国を見ることができないと言われました(ヨハ3:3)。私たちを神様の国の民として新たに生まれさせる要素は、神様の御言葉にあります。

神様の御言葉から離れてはいけません。日々、御言葉に親しみ、さらによく接する必要があります。心の中に刻まれた神様の御言葉があれば、日常生活でもそれがすべて適用されますが、世のものだけを見て、世の話だけを聞いて、世のことだけを感じていたら、この世の基準によって判断するしかありません。

三度の食事をとらなければ、まともに活動できないように、御言葉を摂取せずには、霊的な活動も行うことができません。神様の御言葉は、私たちの魂に栄養を供給してくれる貴重な糧です。これを四日間だけ食べるのか、それとも常に自分の魂に供給して、天国で王の系統を引く祭司になるのか、よく考えてみてください。

神様の御言葉で生きるのである

サタンは四十日間の断食祈祷をされたイエス様に、食べるもので最初に試みを仕掛けてきました。全人類に、肉的な人生の目標と方向性を持たせようとするサタンは、イエス様をそのような面で倒そうと試みました。

さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、〝霊〟に導かれて荒れ野に行かれた。そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」 マタ4:1-4

神様の口から出る一つ一つの御言葉が、私たちを生かす魂の糧です。イエス様はただその状況から逃れるために、臨機応変に対応されたのではなく「肉の糧は朽ちる糧である。朽ちない永遠の命の糧を求めなさい」という意味でこのように答えられ、私たちの魂が生きる方法を提示してくださったのです。神様の御言葉で生きるべきだというイエス様の答えに、サタンの思惑は完全に水の泡となりました。

永遠の命と祝福を享受する天国で、永遠に王の系統を引く祭司の役割を遂行したいのであれば、私たちの魂を生かす神様の御言葉を普段から熱心に摂取すべきです。もちろん、肉体にとどまっている間は、肉的な糧も食べなければなりません。しかし、肉体の糧だけを食べるために生きるなら、人と動物との間に何の違いもないのではありませんか?人には信仰があり、永遠を慕う心があります。したがって、永遠の命を望むなら、永遠の命を得ることができるように、神様から与えられた糧を勤しんで食べなければならないのです。

これまで神様の御言葉をきちんと調べることができなかったのであれば、これからはもう一度調べてみてください。聖書の中で入念に読んでいない部分があったなら、その部分も調べ、真理の書もじっくり読み、メディア説教や映像を通して御父様の御言葉も確認し、御母様の教訓も噛みしめながら、常に霊的な糧を充分に供給され、聖書のすべての教えどおり御言葉の内にいながら生きられることを願います。

御言葉どおりに生きる者たちの栄光

もし、あなたがあなたの神、主の御声によく聞き従い、今日わたしが命じる戒めをことごとく忠実に守るならば、あなたの神、主は、あなたを地上のあらゆる国民にはるかにまさったものとしてくださる。あなたがあなたの神、主の御声に聞き従うならば、これらの祝福はすべてあなたに臨み、実現するであろう。… あなたは入るときも祝福され、出て行くときも祝福される。主は、あなたに立ち向かう敵を目の前で撃ち破られる。敵は一つの道から攻めて来るが、あなたの前に敗れて七つの道に逃げ去る。主は、あなたのために、あなたの穀倉に対しても、あなたの手の働きすべてに対しても祝福を定められ、あなたの神、主が与えられる土地であなたを祝福される。もし、あなたがあなたの神、主の戒めを守り、その道に従って歩むならば、主はお誓いになったとおり、あなたを聖なる民とされる。地上のすべての民は、あなたに主の御名が付けられるのを見て、あなたに畏れを抱く。 申28:1-10

御言葉どおりに生きて御言葉どおりに行えば、私たちを地上のあらゆる国民にはるかにまさったものとしてくださる、と神様が約束されました。世の中には外交官や大統領、国連事務総長等々を夢見て、将来を準備する人がいます。地上のあらゆる国民にはるかにまさった存在になるために、彼らは時間と費用、努力を費やして、能力と経験を積み、様々な準備をします。しかし、御言葉どおりに生きる人々こそが、地上のあらゆる国民にはるかにまさった人なのであり、本当の意味で正しく未来のために準備している人です。

実際に、福音の預言者が海外宣教に出て行くと、皆が御言葉を教えてほしいと先を争って駆けつけて来ませんか?「行って、すべての民を弟子にしなさい」と言われた御言葉のように、教授も科学者も、王族であっても、大統領であっても、真理の内に入ってくると弟子になるので、私たちは自然に師匠になります。世の中では彼らの方が高い位置にいたとしても、シオンに来ると皆、神様の御名のもとにひざまずいて、その御言葉に従います。世の中から立派だと認められている彼らが、本当に素晴らしいと思い尊敬する対象は、神様の御言葉を日々摂取し、その糧を分け与える者たちです。

私たちは世界で最も貴重な宝を持っています。しかし、原石を持っているだけで満足するのではなく、磨きあげて光らせなければなりません。神様の御言葉をよく用いるべきであり、絶えず知らせて伝え、頻繁に私たちの口から御言葉が発せられなければなりません。そうしてこそ、サタンは退き、神様が私たちの魂をより知恵深くされ、生き返らせてくださり、すべての民を永遠の命の内に導いてくださいます。

御言葉どおり成し遂げられる神様

神様は天地万物を創造される時、御言葉で創造されました。「光あれ」と言われたら光が生じました。「大空の上と大空の下に、水を分けよ」と言われたら分かれました。御言葉どおり、すべてのものはすぐに反応して、すぐにその状態になりました。「何々あれ」と言われれば必ずそれが存在するようになり、「なる」と言われれば必ずなるようにする力が、神様の御言葉に内在しているのです。

というのは、神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができるからです。更に、神の御前では隠れた被造物は一つもなく、すべてのものが神の目には裸であり、さらけ出されているのです。この神に対して、わたしたちは自分のことを申し述べねばなりません。 ヘブ4:12-13

神様の御言葉は生命力があり、力を発揮し、すべて言われたとおり成就します。神様が私たちを王の系統を引く祭司にすると言われたら、必ずそうなります。ただ、霊の糧である神様の御言葉から遠ざかろうとする心が問題であるだけです。

神様は「野の草も私がすべて装い、空中に飛ぶ鳥も私がすべて養っているのに、ましてあなたがたについてはなおさらだ。だから、何を食べようか、何を飲もうか、思い悩むな」と言われました(マタ6:25-34)。糧が全くない荒れ野では、天の倉を開いてでも食べさせてくださったではありませんか?イスラエルの民が40年の荒れ野生活をしている間、飢え死にした人は誰もいませんでした。信仰がなくて死んだ人、恨んで死んだ人がいただけです。

神様の口から出た御言葉は、むなしく取り消されることなどなく、必ずその御心を実現され、成就なさいます(イザ45:23、46:10-11)。この事実を心に留めて、霊の糧をさらに求め、どのようにすれば神様の御言葉どおり生きられるか、どうすれば天の父と母に喜んでいただき、神様に栄光をより多く帰せるかを、まず考えなければなりません。

神様の御言葉の糧を摂取するのを、決して止めないでください。この御言葉を受け入れ摂取し続けるなら、永遠の天国で王の系統を引く祭司となるでしょう。ローヤルゼリーを短期間食べるのか、一生食べるのかによって、その結果が働き蜂と女王蜂に分かれるように、御言葉を少しだけ見て止めてしまう人と、日々切実な心で御言葉に接して受け入れる人とでは、その結果が異なるしかありません。

御言葉を、日々着実に摂取することができる最良の方法は、熱心に宣教することです。真理の御言葉を伝える人は「今日は何をあの人に教えようか。今日はまたどんな糧を食べさせようか」と他人のために考えを巡らしていると、まずは自分が御言葉を調べないわけにはいきません。そんな人に永遠の天の栄光が準備されています。

もはや、呪われるものは何一つない。神と小羊の玉座が都にあって、神の僕たちは神を礼拝し、御顔を仰ぎ見る。彼らの額には、神の名が記されている。もはや、夜はなく、ともし火の光も太陽の光も要らない。神である主が僕たちを照らし、彼らは世々限りなく統治するからである。 黙22:3-5

地上のあらゆる国民にはるかにまさるだけでなく、天国で世々限りなく統治する位置に立つことを望むなら、御言葉を調べることを疎かにしないでください。真理の書と聖書も熱心に読んで、メディア説教も熱心に視聴してください。それがすべて霊的なローヤルゼリーです。私たちは霊的なローヤルゼリーを一生食べるべき、天の王の系統を引く祭司です。

御言葉は私たちの魂の糧にもなりますが、悪魔を倒す時には鋭い剣にもなります。いつも御言葉に親しみ、天の父と母が喜ばれる終わりの時代の女の子孫の残りの者たちとして、サタンとの霊的大闘争が起きるたびに御言葉の剣をかざし、常に勝利なさってください。

命の御言葉を下さり、私たちを地上のあらゆる国民にはるかにまさった者としてくださり、永遠の天国の王の系統を引く祭司にしてくださる天の父と母に感謝をささげます。いつも御言葉どおりに生き、天の父と母を永遠に賛美するシオンのすべての家族になってくださるようお願いいたします。