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私たちの運命を変え てくださった天の母

115 照会

全世界に神様の福音が迅速に伝えられています。失われた天の家族を捜す救いの御業が、預言の御言葉どおり、この世を騒がせて、聖徒たちが出て行く所にはどこでも、神様がシオンを建設してくださっています。このすべてのことは、天の母の教えに従って、シオンの子供たちが連合し、一つの心で、情熱を持って福音に臨んだ結果と思われます。

私たちには明るい未来が予定されています。エルサレム母の栄光が宣べ伝えられると、国々が集まって来て、神様に帰って来るようになり、聖徒たちは、永遠の天国で世々限りなく統治する祝福を享受するようになるという約束の御言葉があります。これが私たちの運命です。

私たちの運命が、誰のゆえに変わったのか聖書を通して調べてみて、自分の駆けて行くべき道を終えて、準備された義の冠を眺めた使徒パウロのように、天国の望みの中で悔いを残さぬように、福音の職務を果たしていきましょう。

死ぬ運命が永遠に生きる運命に

昔、ある乞食がいつも自分の運命を嘆いたそうです。そんなある日、ある賢者に会いました。乞食は彼に自分の身の上を嘆き、自分も金持ちや有名な英雄たちのような運命だったらよかったのにと話しました。話を聞いた賢者は、あなたも彼らと同じ運命だと言いました。困惑した乞食が、どういうことかと問うと、賢者が答えました。

「彼らも死ぬ運命を持って生まれ、あなたも死ぬ運命をもって生まれたじゃありませんか?」

金持ちも、乞食も、偉人も、平凡な人も、皆死ぬので、結局、同じ運命ではないかというのでした。結局のところ、全人類は、死という同じ運命を持って生まれたと言うことができます。しかし、神様に出会った私たちの運命は変わりました。死という終着駅に、皆一斉に行くしかなかった私たちの運命を、永遠に生きる運命へと神様が変えてくださり、もはや死も、苦痛も、悲しみもない世界に、私たちを導かれるという約束があるからです。

ところで、兄弟たち、あなたがたは、イサクの場合のように、約束の子です。 ガラ4:28

聖書は、私たちを「約束の子」と称しています。神様に出会う前は、死ぬ運命にさらされていましたが、神様に出会い、約束に授かることができるようになりました。神様が私たちになさった約束が何なのか、この約束が私たちの運命をどのように変えるのか見てみましょう。

これこそ、御子がわたしたちに約束された約束、永遠の命です。 ヨハ2:25

すべての人は生まれたら死ぬ運命ですが、神様は私たちに永遠の命を約束されました。誠実な神様がなさったこの約束は、決して変わったり、取り消されたりしません。それでは、私たちはどのようにすれば、神様が約束された永遠の命へと進み出ることができるのでしょうか?

命は母から

神様が造られた大自然を眺めてみると、その中から神様の摂理を見出すことができます。

主よ、わたしたちの神よ、/あなたこそ、/栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方。あなたは万物を造られ、/御心によって万物は存在し、/また創造されたからです。 黙4:11

神様が御心を込めて創造されたので、万物を通して、天の理を理解することができます。地上のすべての生き物は、母親によって誕生し、命を与えられます。空の鳥も、海の魚も、野原を走り回る様々な獣も、すべて母親を通して誕生します。人もそうです。母親のお腹の中で目と鼻が生じ、口と耳、手足が生じます。すべての創造の過程が、母親を通して成されます。

地上にあるものは天にあるものの写しと影だと言いました(ヘブ8:5)。実物があればこそ、それに対する写しや影が存在し得ます。写しと影である地上で、すべての生命体が母によって命を得るなら、実物である霊的な世界での永遠の命は、誰によって与えられるでしょうか?

霊の世界に母がおられるので、地上の世界にも母がいるのです。母によって命が誕生することには、神様の深い御心が込められています。神様の御心どおりに行う者が天国に入るという御言葉を心に留めて、神様の御心を正しく理解し従って行きましょう(マタ7:21)。

神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。 創1:26-27

多くの人々が、お一人の神様が人を創造されたと信じています。ところが、神様は「我々が人を造ろう」と言われました。なぜ神様は、御自分のことを「我々」と表現されたのでしょうか?

神様の姿にかたどって造られたのですが、男と女が創造されました。男と女を創造された神様は、お一人ではなく、「我々」と言われた男性の姿の神様と、女性の姿の神様です。

イエス様は、男性の姿をなさった神様を「天におられるわたしたちの父」だと教えて下さいました(マタ6:9)。それでは、女性の姿をなさった神様は、当然「わたしたちの母」ではありませんか?

創世記1章を通しても、私たちに霊の母がおられるという事実を確認することができます。肉の命は肉の母によって与えられるように、霊の永遠の命も霊の母を通してのみ与えられます。これが神様の御心です。母なる神様がおられるので、私たちに永遠の命が与えられるようになり、私たちの運命が死ぬ運命から命の運命に変わるようになったのです。

神様は万物をすべて御心によって造られたのですが、神様にかたどって造られた、最初の人類がアダムとエバです。アダムとエバを創造される時も、明らかな御心を持って造られました。

しかし、アダムからモ -セまでの間にも、アダムの違犯と同じような罪を犯さなかった人の上にさえ、死は支配しました。実にアダムは、来るべき方を前もって表す者だったのです。 ロマ5:14

アダムは来るべき方、すなわち再臨キリストを前もって表す者です。神様はアダムを造られる時、再臨キリストを念頭に置いて創造されました。アダムの妻エバは、どんな意味を込めて造られたのでしょうか?

アダムは女をエバ(命)と名付けた。彼女がすべて命あるものの母となったからである。 創3:20

アダムが、妻を「命」という意味のエバと名付けた理由は、エバはすべて命あるものの母だからです。アダムが再臨キリストを前もって表す人物であれば、アダムにエバがいたように、再臨キリストにも必ず妻がいるべきであり、その妻は、エバがすべて命あるものの母となったように、すべての霊の母となられるということを理解することができます。

永遠の命を下さる天の母

イエス様は全知全能の神様ですが、永遠の命を施して生かすことだけは、終わりの日に成されると、何度も繰り返して言われました(ヨハ6:39-40、44、54)。この御言葉は、人類に永遠の命を与えてくださる母が、終わりの時代に必ず現れるということを示唆します。これに対して、聖書は次のように預言しています。

わたしたちは喜び、大いに喜び、/神の栄光をたたえよう。小羊の婚礼の日が来て、/花嫁は用意を整えた。花嫁は、輝く淸い麻の衣を着せられた。この麻の衣とは、/聖なる者たちの正しい行いである。 黙19:7-8

死ぬしかなかった運命が、母に出会って永遠に生きる運命に変わったので、私たちがどうして喜ばしくなく、楽しくないはずがありますか?ヨハネの黙示録で、小羊はイエス様、すなわち聖霊であられる再臨イエス様を指しています。

小羊の婚礼の日が来て、その妻が用意を整えたと言われたので、アダムに妻であるエバがいたように、終わりの聖霊時代に来られる再臨キリストには、必ず妻がいます。エバがすべて命あるものの母になったように、その方はすべての永遠の命を得る者の母でいらっしゃいます。

さて、最後の七つの災いの満ちた七つの鉢を持つ七人の天使がいたが、その中の一人が来て、わたしに語りかけてこう言った。「ここへ来なさい。小羊の妻である花嫁を見せてあげよう。」この天使が、“霊”に満たされたわたしを大きな高い山に連れて行き、聖なる都エルサレムが神のもとを離れて、天から下って来るのを見せた。 黙21:9-10

他方、天のエルサレムは、いわば自由な身の女であって、これはわたしたちの母です。 ガラ4:26

ヨハネが見た黙示の中で、小羊の花嫁は天から下って来るエルサレムだと言ったのですが、ガラテヤの信徒への手紙では、天のエルサレムは、まさに私たちの母だといいました。私たちとの関係で言えば、その方はまさに、私たちの母だったのです。私たちには永遠の命を与えて下さる、天の母がおられます。

それゆえ、永遠の命を約束された人は、母なる神様を信じている人たちです。母の子であればこそ、イサクのような約束の子となることができます。

なぜなら、次のように書いてあるからです。「喜べ、子を産まない不妊の女よ、/喜びの声をあげて叫べ、/産みの苦しみを知らない女よ。一人取り残された女が夫ある女よりも、/多くの子を産むから。」ところで、兄弟たち、あなたがたは、イサクの場合のように、約束の子です。…要するに、兄弟たち、わたしたちは、女奴隷の子ではなく、自由な身の女から生まれた子なのです。 ガラ4:27-31

アブラハムの家庭には、相続を受けるに値する人が三人いました。忠実な僕であるエリエゼルと、アブラハムと女奴隷ハガルとの間に生まれた長子イシュマエルがいて、自由な者サラから生まれたイサクがいました。

イスラエルの慣習法上、長子が親の財産を相続することになっていましたが、長子ではなく、イサクが跡取りになり、嗣業を受け継ぎました。神様は唯一、サラによって生まれたイサクが、跡取りになるとあらかじめ約束されました。

イサクがもしハガルの体から生まれていたら、嗣業を相続することができたでしょうか?母親が自由な身の者であるサラでなかったら、イサクは相続人になることができませんでした。同様に、天の母に出会えなかったなら、私たちは、いくら多彩な才能があり、性格と資質が優れているとしても、約束の子になることはできなかったはずです。私たちの運命を変えることができる、鍵をお持ちの方は、母でいらっしゃいます。

永遠の天の母を通して、永遠の命を得、神様の相続人になる運命が私たちに与えられるのです。

“霊”と花嫁とが言う。「来てください。」これを聞く者も言うがよい、「来てください」と。渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい。 黙22:17

“霊”と花嫁が人類を呼ばれる理由は、命を与えるためです。「最後のアダムは命を与える霊になった」という御言葉のように(一コリ15:45)、最後のアダムである再臨キリスト、“霊”と一緒に登場される花嫁、つまり最後のエバも、やはり命を与える霊としてこの地に来られました。

天の父と母が終わりの聖霊時代、御自ら肉体の幕屋をまとわれ、“霊”と花嫁として来られ、私たちを呼んでくださいました。永遠に死ぬしかない憐れな人類の運命を、永遠に生きる運命へと変えてくださり、地獄に行く運命を天国に行く運命に変えてくださるために、呼んでくださったのです。

それで聖書は、この知らせを「良い知らせ」と表現しました。

エルサレムの栄光の光を放て

私たちの運命を変えてくださったので、私たちは預言を信じて、預言どおり行えばいいのです。私たちには、栄光なる運命が約束されています。

起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り/主の栄光はあなたの上に輝く。見よ、闇は地を覆い/暗黒が国々を包んでいる。しかし、あなたの上には主が輝き出で/主の栄光があなたの上に現れる。国々はあなたを照らす光に向かい/王たちは射し出でるその輝きに向かって步む。目を上げて、見渡すがよい。みな集い、あなたのもとに来る。息子たちは遠くから/娘たちは抱かれて、進んで来る。 イザ60:1-4

唯一、光だけが暗闇を退けることができます。闇が地を覆い、暗黒が国々を包んでいる霊的現実の中でも、真理の光が輝くので、多くの人々が目を覚ましています。悪い運命を良い運命に変えてくださるために来られた母を排斥する群れは、彼らの運命どおり破滅するでしょうが、天の母を受け入れて真理の中にとどまる人々は、永遠の命の祝福だけでなく、永遠の天国で王である祭司の職分まで受けるようになります(イザ60:12、黙22:1-5)。

あなたの民は皆、主に従う者となり/とこしえに地を継ぎ/わたしの植えた若木、わたしの手の業として/輝きに包まれる。最も小さいものも千人となり/最も弱いものも強大な国となる。主なるわたしは、時が来れば速やかに行う。 イザ60:21-22

熱心にエルサレムの真理の光を伝えましょう。シオンに来て、運命を変えることができるよう、世のすべての人々に伝えてみましょう。地球は魂の逃れの町、すなわち監獄なので、この地では誰でも苦しみと痛みをある程度背負って生きていきます。このような生活さえいつも喜んで生きていくことができるほど、天の母は私たちの運命をそっくり変えてくださいました。小さく弱かった私たちを、力強い姿にしてくださり、福音の内で強大な国とならせてくださいました。預言は、今も現実化しています。

彼はわたしを神殿の入り口に連れ戻した。すると見よ、水が神殿の敷居の下から湧き上がって、東の方へ流れていた。神殿の正面は東に向いていた。水は祭壇の南側から出て神殿の南壁の下を流れていた。…その人は、手に測り縄を持って東の方に出て行き、一千アンマを測り、わたしに水の中を渡らせると、水はくるぶしまであった。更に一千アンマを測って、わたしに水を渡らせると、水は膝に達した。更に、一千アンマを測って、わたしに水を渡らせると、水は腰に達した。更に彼が一千アンマを測ると、もはや渡ることのできない川になり、水は増えて、泳がなければ渡ることのできない川になった。…彼はわたしに言った。「これらの水は東の地域へ流れ、アラバに下り、海、すなわち汚れた海に入って行く。すると、その水はきれいになる。川が流れて行く所ではどこでも、群がるすべての生き物は生き返り、魚も非常に多くなる。この水が流れる所では、水がきれいになるからである。この川が流れる所では、すべてのものが生き返る… エゼ47:1-12

海は人類社会を意味します(黙17:15参照)。エルサレム神殿から流れ出た、命の水の川が流れて行く所ではどこでも、死んでいた命が生き返るようになります。私たちが、なぜ命の水を全世界に伝えるのか、なぜいつも喜んで、すべてのことに感謝しなければならないのか、その理由をここで見つけることができます。

天の母によって、私たちの運命は変わりました。死ぬ運命を永遠の命の運命に変えてくださり、罪人なる運命を王のような祭司の運命に変えてくださったので、私たちはどんなに幸せな者たちですか!

私たちの運命を変えてくださるため、天からこの地まで来られた母に、いつも感謝と栄光を帰すべきです。母は、私たちに天国は決してあきらめないようにと、再三お願いされました。

天の母を通して、すべての良い運命を得た約束の子として、誇りと信仰を持ち、この良い知らせを堂々と伝え、喜んで天国の道に沿って進んで行きましょう。