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シオンで歩く幸せなサモの道

インド タネ / アンジェラ

80 照会

私はクリスチャンの家庭の長女として生まれました。私の両親は、預言者サムエルの母親のように、神様に最初の子供をささげたがりました。だから、私を神学校に送り、私が牧師になって一生涯神様に仕えることを願いました。

そのように培われた私の夢も、神様に奉仕する牧師になることでした。インドで牧師は社会的に認められる宗教家であり、特にクリスチャンたちに尊敬され仕えられる絶対的な存在です。協会に加入すると、神学校の講義などで多くの収入が保証される職業でもあります。そんなことより、神様に仕えたいという熱望も強かったですが、アジアで二番目に大きな神学大学に通うという自尊心、知識による高慢も私の心の中に密んでいたようです。

牧師になるために順調な手順を踏んで学位課程をほぼ終え、最後の試験を控えていた頃、私に一世一代の事件が起こりました。その頃真理を受け入れた両親が電話をかけてきて、天の父と母について知らせてくれたのです。

私は衝撃を受けました。神学校で正しく学び、聖書をよく知っていると思っていた私としては、真理をすんなり受け入れるのは困難なことでした。しかし、両親の信仰はあまりにも確固としたものでした。両親は真理を正しく教えるために、私を連れてムンバイに行きました。ムンバイシオンで真理を勉強してみると、もはや神様の御言葉に抵抗することができませんでした。聖書に記録されたすべての預言の御言葉は、今まで私が身を置いていたところが真理の教会ではないと、明らかに証ししていました。

結局、私は天の父と母の恵みで神様の子どもになりました。真理を受ける前、私は牧師になること以外、他の夢を見たことがありませんでした。しかし今、真理の内で私の人生の目標を変更しなければなりませんでした。天国への道を教えてくださった天の父と母に感謝をささげ、父と母が導いてくださる道に沿って、神様に献身しようと決意しました。

ある日、シオンで美しい笑顔を浮かべて家族にお料理を提供していたサモ執事の姿が目に止まりました。以来、私はサモ執事を見守り続けました。執事はとても忙しそうに見え、本当に多くの仕事をしていたのにもかかわらず、常に笑顔を浮かべていました。朝から夕方まで変わらないその笑顔と情熱は、非常に肯定的なメッセージとして私に伝わりました。

サモ執事を見て、真に仕えるという意味が何かを悟った私は、サモになる夢を見るようになりました。牧師はできませんが、私も家族に献身的に仕える美しいサモになりたいと思いました。神学校に通うとき持っていた高慢な態度が、まだ私の心の中にありましたが、韓国人のサモ執事がシオンの兄弟姉妹に、謙虚と笑顔で仕える姿は、私を本当に変えさせてくれました。

海外聖徒訪問団として、2015年に初めて韓国を訪問しました。韓国を訪問するまで、私は韓国人のサモたちの犠牲について知りませんでした。来てみると、韓国は私が思っていたよりもはるかにきれいで美しかったです。私はその時、韓国人のサモたちがインドまで来たのは、まさに母の心を持ってインド人を生かすためだったということを悟りました。インドに来なかったら、はるかに快適な環境で福音生活をすることができたでしょうに、サモの方々はインドの高温多湿の天候の中で、犠牲を払いながら天の母の教えを実践し、模範を示してくれています。

韓国人サモを通じて、本当に多くのことを学びました。その中で、私が実践に移すことにより、福音の結果に大きな影響を及ぼした内容があるのでご紹介したいと思います。

2017年、シオンを建設するためにカーンプルという都市に行く機会が与えられました。実は私はとても否定的でした。その地域の土着信仰のため、人々が神様を受け入れることは困難だろうという先入観からでした。

私は、私の考えをサモ勧士に話しました。しかし、勧士はとても恵み深く肯定的な言葉で私に勇気を吹き入れてくれました。

「世の中には、父と母から与えられた70億個の宝石があります。私たちは行って見つけるだけです。たとえ誰が私たちの兄弟姉妹であるか分からないとしても、子供を失った母親の切ない心で家族を探しに出たら、愛する兄弟姉妹を必ず見つけることができるでしょう。」

その言葉によって、私の心は肯定的に変わるしかありませんでした。カーンプルに到着したとき、私の固定観念は完全に変わっていました。父と母は多くの実で祝福してくださり、カーンプルで過ごした4ヶ月の間、毎週バプテスマが絶えない恵みをいただきました。

その後、牧師と勧士がムンバイから23時間もかかるカーンプルシオンを訪問しに来ました。理由はただ一つ、家族に温かい食事をもてなすためでした。当時は、聖徒が一人でシオンを導いていたので、家族は安息日ごとに、各自で食べものを持って来ていました。

シオンを訪れた牧師夫婦の母に似た愛の姿に感動した家族の信仰は、急速に成長しました。皆が福音の働き手になり、謙虚さと仕えることで、神様のために奉仕し始めました。そんな家族を見て、牧師の役割がまさに何かを悟りました。

ありがたいことに、私はサモになってこの場にいます。まだとても未熟者ですが、父と母が霊的なお姉さんたちを私のそばに置いてくださって、いつも助けてくださいます。たとえ牧師になる道はあきらめたとしても、私は今とても幸せです。なぜなら、私は神様の教会のサモだからです。真理がないところで牧師の道を歩いていたら、肉的にはもてなされて仕えられていたかも知れませんが、その結末はどうだったかと考えると、恐ろしくて身震いしてしまいます。神様と聖徒たちに対する真の愛と奉仕、仕える道を歩けるようにしてくださった神様に、心から感謝いたします。

教会の初期の頃、天の母はサモとしての役割を自ら担われ、今でも仕えることと笑顔で私たちに模範を示しておられます。母に従うサモとしての祝福を、決して逃したくありません。私は台所で70億人宣教をします。母の心で家族に仕え、笑顔とおいしい食べ物で宣教者が実を結ぶためのエネルギーになります。サモの役割を果たせるようにしてくださった母に、感謝をささげます。