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霊的未熟児から完全な神様の子へ

日本 大阪 / 松本美和(まつもと みわ)

211 照会

過去の私の職業は助産師でした。助産師とは、産婦の妊娠・出産・産後の療養を助け、新生児の保健指導を行う専門職です。

私が助産師になったのには母の影響が大きくありました。我が家の四人兄弟を育てるために苦労している母の姿は、私に疑問を抱かせたりもしました。

「お母さんはどうして自分の生活もないほど、こんなに家族のために生きなければならないんだろう?私は果たしてお母さんのようになれるだろうか?」

母という役割について深く考えていた私は、助産師という職業を選びました。

子供の頃、母親を見て起こった疑問は学生時代、真理を迎え、すべて解けました。母たちの犠牲と愛は、天の母の愛がどのようなものかを示すものでした。

神様の権能と愛、犠牲を最も多く感じた時期は助産師として働いた時でした。そのうち未熟児集中治療室で得た悟りが大きかったです。未熟児集中治療室に入ってくる赤ちゃんは、体がとても小さいです。超未熟児の場合は、体重がわずか400グラム程度です。

準備が不十分なままこの世に出てきた赤ちゃんは、体には点滴、口には人工呼吸器をつけて生きなければなりません。自分で息をすることも、ミルクを一口飲むこともできません。特に超未熟児は何度も危険な状況に陥ることもあり、残念ながら命を落とすこともあります。

未熟児の生命がこれほど危険な理由は、赤ちゃんが暮らせる最適な環境が母親の胎内に備わっているからです。赤ちゃんは母親のお腹の中であらゆる悪い細菌やウイルスから保護され、羊水で体温を維持し、へその緒を通じて酸素や栄養素を供給されます。また、微弱ながら出生後にしばらく自分を守る力を育てます。そのため、赤ちゃんがあまり早く外の世界に出てしまうと、自分の体を守ることができない無力な存在になってしまいます。

弱い超未熟児を看護するのは本当に大変でした。下手をすると赤ちゃんの生命が危険になったり、深刻な障害が残る可能性があるので、昼夜を問わず細かくチェックしなければなりませんでした。

それほど気を遣ったからでしょうか。人工呼吸器をつけて過ごしていた赤ちゃんが自分の力で泣いた時の感動は言葉では言い表せませんでした。鼻とつながったチューブでミルクを上に入れてあげなければならなかった子が、一人で哺乳瓶を吸うようになった時、自分で排便できなかった子が排便に成功した時も同じでした。私の気持ちがこれほどなのに、子供の両親はどれほど嬉しいか想像がつきました。

赤ちゃんができて育つ一連の過程は、まるで私たちの霊的な姿を見せる縮小版のようでした。お母さんの胎内でお母さんが与える酸素と栄養分で生きる赤ちゃんのように、私たちも天の母の中でが保護されてこそ生きられるからです。私たちこそ天の母なしでは一時も生きることができない無力な存在でした。

もし未熟な姿で世の中を生きていったとしても、母はか弱い子供たちのすべてに関心を持たれて、愛で細細と面倒を見てくださいます。子供たちが健全な神様の愛で成長する時、天の母は誰よりも喜ばれるでしょう。だから、誓います。私を救ってくださった天の父と母のために、霊肉共々、元気な子供になると。私だけでなく、大阪シオンの家族皆が母が喜ばれるような聖なる信仰を持ち、貴い命を救うことに最善を尽くします。