共に歩む
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母親と一緒に、家の近くのスーパーへ買い物に出かけた。じゃがいもやニラ、にんじんなど、必要なものをあれこれ買っているうちに、買い物かごはすぐに重くなった。店主は会計を済ませた品物をかごに入れながら、じゃがいもを五、六個取り分け、別の袋に入れてくれた。母親が「じゃがいもも一緒に入れてください」と言うと、店主はこう答えた。
「二人で来たんだから、分けて持たなくちゃ。一人だけが持てばいけません」
じゃがいもの入った袋を手に家へ帰る道すがら、天の母のことを思った。
「共に歩む」とは、ただ一緒に道を歩くことではなく、つらいことや困難なことも共にすることだ。しかし、私は天の母と共に歩んでいると言いながら、これまであらゆる重荷を天の母にだけ負わせていた。神様が「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタ11:28)と仰せになったのだから、それでよいのだと当たり前のように思っていた。「天の母は一人で、どれほど大変な思いをし、どれほど寂しかったことだろう」そう思うと、胸が痛んだ。これからは、天の母の重荷を共に担う子どもになろう。