神様の喜ばれる福音

韓国 安山 / オ・スヒョン

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学生時代、夜明けの露青年たちを通じて行われる世界福音完成のビジョンを確認し、その預言の現場に必ず参加したいという願いが生まれました。特にアフリカにまだ新しい契約の福音が伝えられていない地域が多いという便りに青年になったらアフリカに行かなければならないと心に誓いました。

待ちに待った20歳になった年、新型コロナウイルスのパンデミックですべての国が国境の鍵をかけました。どうすればいいのか分からず途方に暮れましたが「福音は止まったのではなく方向が変わったのだ」という天の母の御言葉を聞いてIUBA(国際大学生聖書アカデミー)活動に忠実に臨みながら機会が訪れることを待ちました。待ちに待った末、大学卒業前に南アフリカ共和国ダーバンへ短期宣教に行きました。

夢にまで描いた海外福音だったので、宣教団員たちと福音の目標を必ず成し遂げようと誓った後、胸いっぱいの気持ちを抱いて宣教を始めました。一週間目、私たちが思っていた様子とは全く違う現地の雰囲気に躊躇しました。アフリカ大陸の最南端に位置する南アフリカ共和国は、公式言語だけで11個の多民族国家で、それぞれ文化や宗教が異なり、多様性にあふれています。その中でもキリスト教徒は大部分自分たちの信仰と聖書の知識に大きな自負心を持っており、心の奥深くに位置した固定観念を根絶することが困難でした。この他にもインターネットに漂うデマ、偽りの教理と混濁した社会雰囲気など宣教を妨害する要素が予想より多くありました。

口では真理を認めながらもついに背を向ける人々を眺めながら、お一人で孤独に子供を探して山に登られ「私が来た」と叫ばれた天の父を思い出しました。もどかしくて残念な状況を直接経験すると、知識だけで知っていた神様の心を悟ることができました。真理の書を読んでいて、父がどんな気持ちで真理の書を書かれたのかが感じられ涙が流れました。

安定して楽に信仰生活をしていた経験を捨てて、現地の状況に合わせてすべてのことをもう一度学びました。忍耐と犠牲が何なのか、神様の御心に合う宣教が何なのかが分かるようにしてほしいと毎朝、宣教団の家族たちと一緒に祈りました。祈りの答えは地元の家族を通じてもらいました。数字にだけこだわった私たちとは異なり、真理を調べようとする人々と新しい家族にどんな御言葉の糧を食べさせ、彼らの信仰をどのように成長させるか悩みながら努力する現地の家族の姿が見え始めたのです。

目標達成に重点を置いて義務感で伝えるより、一人の魂を生かして最後まで守ろうとする愛で宣教しようと誓ってから宣教の方法が変わりました。聖書を学びにシオンに来る方がいれば誰でも一緒に勉強し、浸礼後も教会に持続的に出てくることができるようにオン·オフラインで御言葉を教えてあげました。

皆に連絡を取り続け、面倒を見ることは簡単なことではありませんでした。しかし、天の父と母が私たちをあきらめなかったように、私たちも彼らをあきらめることはできませんでした。足がパンパンに腫れて運動靴の底がすり減るほど、10回でも20回でも会って真理を伝えました。発する声には神様の声を聞いて悟り、シオンに戻ってくることを願う切実さを込めました。

神様は涙で悔い改めれば一つの魂を取り戻させてくださり、あきらめなければ実を結ばせてくださり、現地の家族たちと連合すれば良い実を許してくださいました。「果たしてここに私たちの家族がいるのだろうか」と疑問に思う場所にも純粋で美しい兄弟姉妹がいました。福音のために踏み出すすべての一歩は無駄ではないという母の御言葉が思い出され、胸が熱くなりました。

3ヶ月というその時間は、何よりも私の魂を救う時間でした。これまでの困難は、受けた祝福に比べれば比べようがありませんでした。現実の壁にぶつかる痛みより、一人の魂を探す喜びがさらに大きなものでした。

ダーバンシオンには神様を迎えたばかりの家族が多かったのですが、だからといってただ幼いだけの信仰ではありませんでした。新しい契約の真理を大切にし、確信を持って伝える姿、自分より少し遅れて真理を迎えた家族にすぐに御言葉の糧を食べさせる姿、頻繁な停電の中でも聖書の勉強を止めない姿は立派な福音の働き手でした。家族を見て福音の中で生きていることを感じました。

宣教期間中に新しい命の祝福を受けたある兄弟は私たちが韓国に戻る時、「私に母なる神様を教えてくれてありがとうございます。良い教会を紹介し、真理を教えてくれた皆さんを忘れることはできません。皆さんに会えるようにしてくださった天の父と母に感謝します。ぜひまた会いましょう」と挨拶し、大きな感動を与えました。

預言の主人公、夜明けの露青年のビジョンを見せてくださり、真の福音の姿勢を悟らせてくださったエロヒム神様に感謝します。信仰の旅路に天国に行く希望をいっぱい抱いて、父と母と共に歩むことができて本当に幸せです。