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シオンの主人、そして魂の主人であられる神様と共に

韓国 城南 / チャン・ミンギョン

162 照会

真昼の太陽よりも熱い福音の情熱を沸き立たせるアフリカ大陸。学生時代から漠然と描いてきたアフリカ福音のチャンスを、青年になって掴むことになりました。短期宣教の地として与えられたのは、アンゴラの首都ルアンダ。エチオピア経由で、丸一日飛行した末、アンゴラに到着しました。

ルアンダに着くと、大げさなウェルカムパーティーが私たちを待っていました。現地の家族たちは、まるでただの通行人のふりをしているかと思ったら、空港から出てきた私たちを突然取り囲んで、歓迎パフォーマンスを披露してくれたのです。ちょうど公演会場を思わせるような雰囲気のおかげで、アフリカに来たという実感が湧きました。短期宣教チームを送ってくださったことへの感謝を込めた歌の歌詞に続き、韓国語で「アボジ、カムサハムニダ。オモニ、カムサハムニダ(父に感謝します。母に感謝します)」と叫ぶ現地の家族を抱きしめながら、感動の涙を流しました。

こうして、素敵な家族と力を合わせ、父と母に喜んでいただける実を結ぼうという覚悟で、宣教を始めました。アフリカは暑いだろうという予想とは反対に、アンゴラの気候は涼しかったです。韓国の初秋の天気と似ていて、活動するにもちょうど良い気候でした。

ところが、天気の代わりに私たちを苦しめたのは、いがらっぽい空気でした。首都ルアンダは、韓国の大都市に負けないくらい、たくさんの車が走っていました。道路を埋め尽くさんばかりの車から排出される排気ガスのため、空は灰色で、道路沿いの道で宣教しようものなら、排気ガスや舗装されていない道の砂ぼこりが、鼻や喉に入り込み、咳が出ました。家族が心配するかもしれないと思い、我慢しようとしても、咳を抑えることはなかなか容易ではありませんでした。苦労している私を見て、家族はとても申し訳なさそうでした。最初は、まあそんなものだろうと思っていましたが、家族が何度も申し訳ないと言うので、不思議に思いました。「申し訳ないという言葉は、誰かに犯した過ちを許してもらう時に使う単語なので、私が聞き間違えたのだろう」とばかり思っていました。

約2週間が過ぎ、ビアナ地域に宣教に行った時のことでした。日が暮れて宣教が終わる頃、乾いた砂ぼこりのせいで一日中苦しんだせいか、また咳が出始めました。隣にいた現地の家族が、私にまた「申し訳ない」と言いました。気になって理由を聞くと、家族がこう言いました。

「私たちが今まで一生懸命福音を伝えていなかったから、姉妹をここまで来させてしまったでしょう?ここに来なかったら、姉妹はこんな苦労をしなくてもすんだのに、苦労させてごめんなさい」

全く想像外の返事でした。韓国から短期宣教団が来れば、現地の家族は、ただ喜んでくれるものと思っていたのに、自分たちのせいで韓国からこんな所にまで来させて、苦労させていると、胸を痛めていたのでした。

しかし、現地の家族たちは福音を伝えることを決して怠けたりはしていませんでした。ハウスチャーチのルアンダ教会には、まだ宣教師が派遣されておらず、280人ほどの聖徒たちが自ら信仰を守りながら、神様の下さった教え通りに実行するため、一緒に力を尽くしていました。特に、厳しい環境にあっても、楽しく福音に献身している青年たちの姿が印象的でした。平凡なアンゴラの若者たちのように、青年たちは学業と仕事を並行させながら、プラス宣教までしていました。朝、学校に行って、午後には宣教し、夜勤で早朝に帰宅すれば、あまり休めなくても、疲れた様子一つ見せずに、笑顔でまた、福音に臨みました。

神様を教会の主人、霊魂の主人として仕え、黙々と信仰の道を歩む現地の家族たちと連合し、貴い実をお許しいただきました。実は、これまで三回も短期宣教に行ってきましたが、あまり良い実を結ぶことはできませんでした。それで、韓国に居た時から、天の父と母が本当に願われ喜んでくださる良い実を結ばせてくださいと、心から祈り続けてきました。神様は私のその祈りに応えてくださいました。その主人公は、教会近くのターミナルで出会ったアルベルト(Alberto)兄弟です。1時間以上にわたり、真理の御言葉を聞いて、教会まで来た兄弟は、聖書の教えをさらに調べてから、大人しい羊のような姿で、神様の子どもとして生まれ変わりました。浸礼を受けた後は、一度も欠かさず神様の掟を守り、友達に救いの知らせを伝え、シオンに導きました。

短い時間でしたが、アンゴラに滞在しながら福音に臨む姿勢について、多くのことを学びました。神様と共に歩む生活が身についている、ルアンダ教会の家族を見て心に決めました。私の魂の主人であられる父と母に依り頼み、信仰の道をこれから一層力強く歩んで行こうと。