福音が伝えられるところでは、この女性の行ったことを記念するだろう

マルコによる福音書14章3-9節

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本文を読む 2:29

過越祭を控えて、イエス様がベタニアに住むらい病患者シモンの家で食事をされていた時のことである。一人の女性が香油の壺を持ってイエス様のそばに近づく。その中には、普通の人が触れることすらできない高価な香油が入っている。女性はすぐに香油の壺を割り、イエス様の頭に香油を注ぐ。香油の香りが家中に満ちた。

これを見た何人かの人々は驚き、女を責めた。

「なぜ、このように高価な香油を無駄にするのか。この香油なら三百デナリオン以上で売って、貧しい人々に施すことができたのに!」

それを見られたイエス様は彼らを制止された。

「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」

心からの敬意と感謝を、最も良いもので表現したいのが人の心である。この女性は自分が持っている最高のもので、イエス様から受けた恵みに感謝の意を表した。それによってキリストに「良いこと」を行い、福音が伝えられる所で記念された女性の行跡には、何の計算もなかった。イエス様は香油そのものではなく、女性の心を見られて喜ばれた。

罪の赦しの恵みに心から感謝する心を、神様は幾千の雄羊、幾万の油の流れよりも喜ばれる。人の理を説く前に、神様が善とみなされる行いを喜んで行う人だけが福音の歴史に美しい痕跡を残すことができる。

福音が伝えられるところでは、この女性の行ったことを記念するだろう

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