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神様の御言葉は絶対的なものである

337 照会

神様の御言葉は絶対的であり、絶対的であることには理由がありません。神様は、神様の御言葉に絶対的に従う人だけに祝福をお許しなさったので、神様の御言葉を絶対視することが、まさに祝福の道であり、救いの道です。

1.ノアの箱舟

雨が降らなかった時代に、神様はノアに大きな箱舟を造るように命令されました。神様の指示された箱舟は、長さが137メートル、幅23メートル、高さが14メートルにもなる巨大な規模の舟でした。当時は、今日のように造船技術が発達した時代ではなかったので、箱舟を造れという神様の御言葉は、不可能に近い命令でした。また、箱舟の製作には、多くの人手と資材が必要だったでしょうし、それにかかる費用も膨大なものだったはずです。今日の学者たちは、その時代の技術でこのような大きさの箱舟を造るには、40~120年という長い年月がかかったはずだと推定していますが、これだけ見ても箱舟を造ることが、どれだけ多くの忍耐が要求される作業だったのか推測することができます。

しかし、このような厳しい状況の中でも、ノアは箱舟を造りなさいという命令が絶対的な神様の御言葉だったので、何の文句も言わず箱舟を造り始めました。その結果、すべての人々が洪水で死ぬ時に、ノアと彼の家族は皆救われました。

2.エリコの町

ヨルダンを渡ってカナンの地に第一歩を踏み出したイスラエルの民の前には、エリコが立ちはだかっていました。エリコは簡単に落とせない鉄壁の要塞でしたが、カナンの地を征服するためには、必ずエリコを陥落させなければなりませんでした。その時、神様は町を陥落させる方法を教えてくださいました。それは、城を六日の間、一日一周ずつ回って、最後の七日目は七周回った後、祭司たちは角笛を吹き鳴らし、民は皆、鬨の声をあげよ、つまり大声で叫べというものでした。

城塞を占領するためには、堡塁(ほうるい)を築き、城門を壊す兵器も作り、はしご、弓、槍、盾など色々な武器を作成し、作戦を立てるのが常識的な方法です。しかし、神様は常識を超える理解し難い作戦を指示されました。

初日、エリコの町を一周回りましたが、何の変動もありませんでした。二日目も同様に町を回りましたが、エリコの町はびくともしませんでした。三日目、四日目、五日目、六日目もやはり同じでした。神様の御言葉に対する絶対的な信仰がなかった人々は、とてもじれったかったはずです。むしろこの時間に剣でも砥いだら、槍でももう一つ作ったら、城壁を壊す兵器を作って城門を打ち破る準備でもしたら、余程やりがいのある時間になったはずだという極めて常識的であり、人間的な考えに陥ったはずです。

七日目、町を七周する最後の瞬間には、そのような絶望感がより深くなり、本当に城が崩れるのか、こうしていて結局は、疲れて自分たちが倒れてしまいやしないかと、懐疑感に陥った民もいたことでしょう。しかし、神様はすべてのことを絶対的に聞き従ったイスラエルの民に、どのような結果を下さいましたか?すべての民がエリコの町に向かって叫ぶ瞬間、堅固な城壁がガラガラと崩れ落ちました。そのため、イスラエルの民は、瞬く間にエリコの町を征服し、約束の地カナンを嗣業として得ることができました。

今まで、神様の指示に絶対的に従った時、大きな祝福を受けた歴史を調べてみました。この時代、私たちも神様の御言葉に絶対的に従った時、天国に進んで行く祝福を受けることができます。神様は常に正しく有益な結果を備えておかれ、私たちにするべきことを指示されます。神様の御言葉に絶対的に従って、神様が備えられた祝福を豊かに受ける子供になりましょう。

考えてみましょう
神様が教えてくださったエリコの町を陥落させる方法は何でしたか?
神様の御言葉に絶対的に従うことによって祝福された経験があるか、考えてみましょう。