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契約の重要性

285 照会

人が生きていく営みは、すべてが約束で維持されています。職場生活も、男女が出会い一つの家庭を築く結婚も、物一つ売買する行為まで、全て約束で成り立っています。昔は、物々交換で行われていた取引が、現在は貨幣や小切手などを用いて行われています。同じ紙ですが、ある紙はただのチリ紙として使われ、またある紙は一万円、十万円など、それぞれ違う価値を持ったものとして使われるのは、相互間で約束が成立しているからです。神様と私たちの関係も、このように約束で維持されています。

1.浸礼式で結ばれた神様と神様の民との間の契約

私たちが最初に真理を受け入れた時に行った浸礼式は、神様と神様の民との間の契約のしるしです。お風呂で使う水と、浸礼式の時に使う水は全く同じ水ですが、浸礼式の時に使う水が、より特別な意味を持つのは、神様との約束が結ばれているからです。

旧約時代には割礼式によって、神様の民というしるしを与えてくださいましたが(創17:10-14)、新約時代にはイエス様が来られて、浸礼式を通じて、神様の民として救われるしるしを与えてくださいました(コロ2:11、一ぺト3:21)。そして、この契約が永遠に変わらない契約であることを証しされるために、イエス様の血と肉を表す過越祭のパンとぶどう酒を食べさせ、飲ませられることで、私たちの体の中に神様の子供となる永遠の契約のしるしを残してくださいました(ヨハ6:53-56、マタ26:17-28)。

神様と私たちはこのような変わらない約束で結ばれているために、聖書は私たちを指して、約束の子と証ししています(ガラ4:28)。

2.神様の御言葉に従順に従う者が行くようになる天国

私たちはバプテスマを通じて神様の特別な約束と祝福をいただきました。しかし、神様との契約を大事に考えないで、神様の御言葉に従わなければ、結局は、その祝福を逃すしかありません。このような教訓を、旧約時代の荒れ野の歴史を通して見てみましょう。

神様はモーセを通じて、イスラエルの民と契約を立てられ、彼らをエジプトから救い出して、約束の地カナンへ導かれました。そのとき、神様は彼らを、直ちにカナンの土地に入らせず、40年間荒れ野の道を歩ませられましたが、これはイスラエルの民が神様の御言葉に従うかどうかを知ろうとされたのです(申8:2-16)。神様はイスラエルの民に安息日をはじめ、様々な戒めを授けられ、守るよう命じられました。しかし、荒れ野の道を歩む間、イスラエルの民は、神様が下さった戒めと法と掟を守らず、結局、多数が荒れ野で滅亡してしまいました(エゼ20:10-13)。神様の御言葉に完全に従ったヨシュアとカレブ、そして荒れ野で生まれた2世たちだけが、約束の地カナンに入ることができました(民14:6-38)。

イスラエルの民がカナンの土地に入った歴史は、将来、私たちが天のカナンである天国に入ることに対する預言であり、私たちの教訓のために記録されたものです(ヘブ3:18-19、一コリ10:1-11)。したがって、私たちは神様の約束にあずかったイスラエルの民が、神様の戒めと掟を守らず、結局、祝福を受けられなかった歴史を心に留め、天国に行くその日まで、神様のすべての掟と法をきちんと守り、御言葉に従順に従う子どもにならなければなりません。

考えてみましょう
新約時代に神様の民になる契約のしるしは何ですか?
荒れ野の歴史を調べてみると、どのような人が天国に行けると分かりますか?