五旬祭に至り、皆で一堂に会したイエス様の弟子たち。一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに他国の言葉で語り出す。
祭りを守るために世界各地から集まったユダヤ人たちは、弟子たちが自分たちの本国の言語で話すのを聞いて騒ぎ出す。ある人たちは、「酒に酔った」と弟子たちをあざ笑う。
ペトロは十一人の使徒たちと共に立ち,声を張り上げて話す。
「ユダヤ人とエルサレムに住むすべての方々は聞いてください。このことを皆さんに知っていただきたいので、私の話に耳を傾けてください。皆さんが思うように、私たちは酒に酔ったのではありません。これは預言者ヨエルの預言どおり、神様が聖霊を注いでくださったことで起きたことです。皆さんもご存知のように、神様がイエス様を通して大きな御業と奇跡としるしを施すようにされ、その方がキリストであることを証しされました。その方を皆さんが異邦人の手を借りて殺してしまいましたが、神様が生かされました。私たちが皆このことの証人です。皆さんが十字架に釘づけにしたイエス様は私たちの救い主、キリストです」
人々がこの言葉を聞いて心を刺されペトロと他の使徒たちに尋ねる。
「私たちはどうしたらよいのでしょうか」
「悔い改めて、イエス・キリストの名によって浸礼を受け、罪の赦しを得てください。そうすれば聖霊の賜物を受け、救いを得るでしょう」
その言葉を聞いた人たちが浸礼を受けると、この日に三千人が弟子となる。
一目瞭然と真理の御言葉を証しし、イエス様がキリストであることを大胆に伝えた使徒たちの面々を見れば、決して学問に優れていたり、名声のある人たちではなかった。そのような人たちが驚くほど賢く、大胆になることができたのは、心を合わせてひたすら祈り、神様の御力をまとったためだ。
春の雨の聖霊の御業は、初代教会当時より七倍も強い御力で臨む(イザ30:26)。私たちはこの時代を救われるエロヒム神様を全世界に宣布する証人として、その聖霊の御力で福音の完成を成し遂げる預言の主人公たちだ。
ひたすら祈りに努め、天の父が約束された滝のような聖霊の大きな力を求めよう。
成し遂げられないことはない。ただ聖霊が臨みさえすれば。