土の一層の下に

多肉植物のスタッキーをプレゼントしてもらった。一つの鉢に細長い葉が六枚伸びていた。暖かくなってくると、そのうちの一枚から新芽が顔を出し始めた。二、三日もすると、ほかの葉からも次々と新芽が出てきた。とても立派だったので褒めて、もっと関心を持った。
五枚の葉から新芽が出て、残るのはあと一枚だけになった。もう少し待ってみることにしたが、なぜか気持ちが焦り、気がかりになった。一晩が過ぎて「いつ芽が出るんだろう?」、寝て起きて「今日は出るかな?」、そして次の日に「出るのかな?」と考えるのが日常になった。後には「芽が出ないだろうけど、大丈夫期待して待っているのではないか?」やりたかった。さらに数日待った末、とうとう諦めた。もう新芽が出ることはないように思えた。
残った新芽を別の鉢に植え替えるため、鉢をひっくり返し、株を分け始めた。そのとき、最後の六枚目の新芽が目に入った。土の中に浅く埋もれながら、まさに今日か明日には「もうすぐ」芽を出すところだった。
その瞬間、私はなぜあれほど新芽のことを焦りながら待っていたのかに気づいた。それは、今の自分の姿そのものだったからだ。みんなが学校や職場、家族や親戚に伝えて救いへ導く中、ひとり実りがなく焦っていた心が、顔を出さない新芽に映し出された。おかげで希望も湧いた。土の一層の下に、まだ見えない新芽があったように、天の父と天の母が私のために備えてくださった実りも、まもなく結実するであろう。これからは焦ったり、疑ったりするのではなく、約束を信じ、忍耐しながら、黙々と与えられた使命を果たしていこう。