一人から四人へ

韓国 水原 / カン・ミン

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ずいぶん前、娘を産んで産後の療養をしている最中、神様の教会の方々に会いました。あの教会、この教会に通い、真の神様を探していたので、真理の御言葉を聞き喜んで神様を迎えました。代々受け継がれてきた儒教思想を重視する夫は、私が教会に行くことを快く思っていませんでした。夫と夫の家族の厳しい視線を受けるほど、さらに夫の両親を敬い、よく仕えながら信仰を守りました。「すべてのことには時がある」と言われたので、神様の教えに従順に従って忍耐すれば夫もいつか私の信仰を認めてくれると信じていました。

鉄壁のような夫の心を溶かしたのは、慶弔事ごとに駆けつけ、家族のように世話をしてくれたシオンの家族たちでした。父親を亡くし、悲しみに沈んだ夫は、弔問に来たシオンの家族から大きな慰めを受けました。数年後、姑が亡くなった時も葬儀が行われる間、シオンの家族が訪ねて来てくれたおかげで心を落ち着かせ、力を出しました。

娘の結婚式にも本当に多くの家族が参加して喜びを分かち合いました。絶えず続く家族からのお祝いの行列に頬骨まで上がった夫の口元は下がることを知りませんでした。結婚式を盛況のうちに終え、数日経っても嬉しがっているほどでした。

少しずつ心を開いていく夫に真理の発表を聞いてほしいと頼みました。夫は毎日気にしないで、一度に数件ずつしろと言いながらも拒絶しませんでした。私は地道に発表し、一緒に過越祭を守りたいという願いを何度も示しました。聖書がよく分からず、過越祭を6月に守る祭りだと聞き取った夫は、それでも6月になる前に何かをするというようなこと言って、以前とは全く違う反応を示しました。

夫の心が動いたのは、愛想がよく愛嬌のある婿も一役買いました。結婚後、徐々に信仰を育んできた婿は、会社の仕事で忙しい中でも、時々義父に自分が学んだ御言葉を伝えました。家族が一堂に会した旧正月、優しい婿の頼みに集中して真理の御言葉を聞いた夫は、ついに過越祭の意味と日付を完全に理解しました。しかし、過越祭を守るとまで言いながらも教会に行くのは気が進まないために、結局私たち同士で安息日の礼拝を行ってきました。一人でいる間かなり悩んだのか、夫が照れくさそうに尋ねました。教会で人が少ない時はいつかと。今度の祝日に教会に行ってバプテスマを受けることを約束した後、夫の心が変わらないことを願う祈りが切実になりました。

約束した日、シオンに訪問した夫は言論展示を観覧し、神様の教会の規模と聖徒たちの善良な行いに驚き、喜んで新しい命の祝福を受けました。33年ぶりに起きた奇跡のような瞬間でした。バプテスマに参加できなかった娘と婿に教会で手厚くもてなされたと自慢する夫の姿が本当に不思議でした。

その日、夫に何が一番記憶に残るかと尋ねると、浸礼の後に聞いた「他の神に仕えてはいけない」という御言葉を挙げました。教会に来る前、夫は我知らず散髪と入浴までして自分なりに準備したそうです。すでに神様の子供に生まれ変わる準備を終えていたので、ただ神様にだけ仕えるべきだという御言葉が特に心の中に刻まれたようです。

悲しくて辛かった時を耐えながら、30年以上大切にしてきた夢が現実になりました。一人で歩いていた信仰の道、私の胸に抱かれていた赤ちゃんがいつの間にか育ってお互いに頼り合いながら二人で歩くようになり、成長した娘が良いパートナーに出会って三人が、今は夫まで四人が天国に向かって進むようにしてくださった神様に感謝します。私たち家族みんなで手をつないで永遠の天国まで力強く走っていきます。