神様を考えた者とそうでなかった者

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本文を読む 4:10

主はモーセに言われた。「この民は、いつまでわたしを侮るのか。彼らの間で行ったすべてのしるしを無視し、いつまでわたしを信じないのか。わたしは、疫病で彼らを撃ち、彼らを捨て、あなたを彼らよりも強大な国民としよう。」モーセは主に訴えた。「エジプト人は、あなたが御力をもって、彼らのうちからこの民を導き上られたことを聞いて、…主は、与えると誓われた土地にこの民を連れて行くことができないので、荒れ野で彼らを殺したのだ、と。…エジプトからここに至るまで、この民を赦してこられたように、この民の罪を赦してください。」主は言われた。「あなたの言葉のゆえに、わたしは赦そう。…十度もわたしを試み、わたしの声に聞き従わなかった者はだれ一人として、わたしが彼らの先祖に誓った土地を見ることはない。わたしをないがしろにする者はだれ一人としてそれを見ることはない。…お前たちは死体となってこの荒れ野に倒れるであろう。わたしに対して不平を言った者、つまり戸籍に登録をされた二十歳以上の者はだれ一人、わたしが手を上げて誓い、あなたたちを住まわせると言った土地に入ることはない。ただし、エフネの子カレブとヌンの子ヨシュアは別だ。 民14:11-30

神様は御自分を蔑視する民に対して非常に憤られました。なぜなら、10人の偵察員たちは現実について話しましたが、その現実の中に神様が共におられるという事実をイスラエルの民に言わなかったからです。彼らは前後左右の壁だけ見たのであって、開いている上側を見ることができませんでした。四方が塞がっているのは事実ですが、上が開いていることも厳然とした事実なのに、これを省いたまま報告したのです。神様はこの10人と一緒に恨み言を言ったイスラエルの民は誰一人、乳と蜜の流れるカナンの地に入ることができないと判決を下されました。

ヨシュアとカレブだけが、神様が共におられるということを正確に伝えました。10人の偵察員が見た現実と彼ら2人が見た現実は違いました。彼らは四方の壁についてだけ話し、ヨシュアとカレブは天井が開いているという事実まで話しました。

60万人の中で最も信頼でき信仰が秀でている12人を選んだというのに、その中でたった2人しか神様のことを考えられなかったのは、非常に嘆かわしいことと言うしかありません。聖書を読む人々は誰でも、自分はヨシュアとカレブのような立場に立つはずだと考えますが、実際ガラスの箱の中に閉じ込められていると、上を見るのは容易いことではありません。

今の時代にもヨシュアとカレブのような人物が必要です。10人の偵察員のように、現実はこうだと言いながら、その現実の中で共におられる神様について言及しない人は、決してヨシュアとカレブにはなれません。現実が暗澹として困難であるほど、またガラスの壁が私たちのことをより強く締め付けてくるほど、さらに上を眺めなければならないのではありませんか?

『来てください“霊”と花嫁に』第7章より

神様を考えた者とそうでなかった者

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