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2021年 10月 7日

2021 角笛祭、大贖罪日、仮庵祭大聖会

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ほぼ二年間にわたる新型コロナウィルスによるパンデミックをはじめ、世界中で各種の災害や事件・事故が絶えない中でも、例年通り神様の祝福が約束された秋の祭りが近づいてきた。神様の年間の祭りのうち最後を飾る三次の祭りは、角笛祭・大贖罪日・仮庵祭で構成されており、三つの祭りを代表する祭りの名称は“仮庵祭”である。仮庵祭を迎えて、全世界の神様の教会は、大々的な悔い改め運動と聖霊運動によって楽しくも忙しい時間を過ごした。

角笛祭~大贖罪日

10月7日、三次の祭りのうち最初に行われる祭りである“角笛祭 大聖会”が、世界175カ国の神様の教会で一斉に開かれた。感染症パンデミックのために防疫措置が行われている国と地域では、聖徒の自宅でオンライン、オフラインによる礼拝が行われた。

新しいエルサレム・パンギョ(板橋)神殿で行われた礼拝、及びオンライン礼拝の祈祷を通じて天の母は、初臨と再臨の犠牲によって子供たちに命の祭りをお許しくださった父なる神様に感謝をささげる子供たちが100%悔い改める中、悔い改めの角笛と福音の角笛を、永遠なる天国に行くその日まで力強く吹き鳴らすことができるようにと祈られた。また、子供たちに悔い改めの祝福と春の雨の聖霊の祝福が豊かに注がれることを祈られ、この祭りが多くの魂を悔い改めに導き、神様の懐に導く時間になるようにと祈られた。

この日天の母は、新型コロナによるパンデミックなどを始めとした、現在直面している様々な問題に対し、天国への希望を持ち続けながら耐え忍んでいる家族に向かって感謝の意を表され「このすべてが霊的な荒れ野を通っていく過程なのだと思って、天国に行く喜びを胸に元気を出して、これからも力強く福音を伝えて御父様をお迎えしましょう」と慰労してくださった。

総会長の金湊哲牧師は、角笛祭の由来とその意味についての説教を行なった。十戒が刻まれた石の板を神様からいただいて下山したモーセは、民衆が金の子牛の偶像を崇拝している姿を見て激怒し、石の板を山のふもとに投げつけて砕いてしまう。その後、民のためにモーセが神様に懇願したため、神様がモーセを再びシナイ山に呼ばれて、二度目の十戒をお許しくださったので、これを受けとって下山した日が聖暦7月10日である。神様はこの日を“大贖罪日”に定められ、その十日前に角笛を吹き鳴らしながら大贖罪日に備える日として“角笛祭”を定め、代々にわたって記念するようにされた。

金湊哲牧師は「悔い改めよ、天国は近づいた」とおっしゃったイエス様の教えのように、天国が近くなればなるほど、よりいっそう悔い改めなければならないことを強調した。さらに「オスとメスの性別まで区別して献げられた贖罪の犠牲の献げ物は、キリストであられる父なる神様と母なる神様の犠牲を象徴している」と説明し、犠牲を払われてまで罪の赦しの法である新しい契約を立ててくださった神様にさらなる感謝と栄光をささげ、新しい契約の中に込められた愛の道理を実践しようと促した。

聖徒たちは過去の自分の姿を振り返りながら、十日間にわたる切なる悔い改めの祈祷をささげる中、大贖罪日を迎えた。10月16日には、大贖罪日 大聖会を迎え、天の母は子供たちの罪が赦されるよう父なる神様に切に祈られ、子供たちが非の打ちどころのない新しい契約の働き手として生まれ変わり、多くの人々を神様の懐に導き、神様の御目に傷や咎められるところのない者として立つことができるよう祈られた。午後の礼拝では、聖徒たちが天の父に告白したすべての罪は抹消されたと語られ「清らかな魂となって神様の御前に立てるようになったので、二度と罪を犯さずに多くの人々を救いの道に導き、天でまたたく星のように光り輝いてください」と祝福された。

金湊哲牧師は同日、大贖罪日に込められた「贖罪」の原理について説教を行なった。旧約の律法によると、人が罪を犯した場合、その罪を償うために動物が代わりに犠牲となる。動物の犠牲によって、その罪は聖所に移され、普段聖所にとどまっていた罪は、大贖罪日にアザゼルの雄山羊へと按手によって全て移された後、雄山羊が人のいない荒れ野に追いやられて徘徊し、結局は死にいたることによって罪が消滅する。このような祭りの掟は、私たちが犯した罪を、犠牲の献げ物と聖所の実体であられるキリストが直接担われ、アザゼルの雄山羊に象徴された罪悪の張本人であるサタンにすべて移し、そのサタンが底なしの淵を経て永遠なる地獄に入ることによって完全に罪が消滅することを意味している。この世には原因のない結果は存在せず、天の神様が人の姿でこの地に来られて苦しみを受けて犠牲になられたのは「すべて我々の罪が原因である」という事実を繰り返し強調した金牧師は「律法について研究してみれば、その中に父なる神様と母なる神様の愛を発見することができる」と話し、このような愛の心で兄弟姉妹を愛しながら天国と救いに至ってほしいと切に願った。

仮庵祭

角笛祭と大贖罪日に続き、聖暦7月15日である10月21日には、2021仮庵祭 大聖会が開かれた。旧約の仮庵祭は、民が木の枝で仮庵を建てて七日間そこに住みながら喜び祝い、初日と第八日目に聖会を開いた。新しい契約の仮庵祭も大会の初日と終わりに大聖会が開かれ、その間の七日間は楽しい宣教大会が続く。

韓国では、首都圏防疫措置の緩和により、多くの聖徒がシオンに出向くことができたため喜びは倍増した。仮庵祭 大聖会の日、天の母は新しいエルサレム・パンギョ(板橋)神殿で久しぶりに対面する聖徒たちを歓迎してくださった。滝の流水のような春の雨の聖霊の祝福を切に祈ってくださり、聖霊を授かった聖徒たちが皆目覚めて生まれ変わり、神様の子としての本分を果たし、世の光と塩となり、実を実らせる秋の木となって、離散した天の家族を全員捜し出しましょうと願われた。また「仮庵祭は天の神殿建築材料である聖徒を集めて天国に導き入れる祭りであり、祭りを守る神様の民を救い、天国に連れて行かれるのが父の御心です」と語られ、天の家族が永遠に一緒に過ごす天国への希望を持たせてくださった。

総会長の金湊哲牧師も、仮庵祭が持つ意味について再び強調した。モーセ当時、二度目の十戒を授かった後、これを保管する幕屋を建てる際に、民のうち心動かされた者と進んで心からする(自発的な)者が幕屋を作る材料を持ってきて、神様に喜んでささげたことが仮庵祭の由来となったように、今の時代の霊的な神殿材料となる聖徒を集める宣教活動によって、仮庵祭の祭りの預言が成就される。「状況に屈することなく、いかなる状況でも神様がくださった御言葉通りに従おう」「福音を伝える仕事は、ひとえに心動かされた者だけにできることなので、家族や隣人・知人に命の真理を熱心に伝えよう」という御言葉に、聖徒たちは春の雨の聖霊の恵みを求めながら、宣教大会に真心と誠意を尽くした。

仮庵祭 第八日目の10月28日、シオンの聖徒たちは命の水の祝福が約束された仮庵祭大会の終わりの日を迎えた。天の母は子供たちに命と祝福を与えるために祭りを定められた父なる神様に感謝をささげられ、春の雨の聖霊の祝福を切に祈られると共に、この日オン・オフラインを通して特別な命の水の御言葉をお許しくださった。

新しいエルサレム・パンギョ(板橋)神殿で行われた仮庵祭大会終わりの日の午前の礼拝では、天の母は七日間、早朝から祈祷礼拝に参加され、切実な心で聖霊を願い求めた聖徒たちに「天の御父様が喜ばれて、胸がいっぱいになられたことでしょう」とねぎらいの言葉をかけられ、「皆さんは、約束された聖霊を豊かに受けられました」と語られた。「仮庵祭に注がれた聖霊を受けて聖霊運動に励めば、自分も知らないうちに神様の御力が発揮されて、神様の聖霊の御力で天の家族を皆捜せるはずです」と言われ「授かった聖霊で熱心に魂を救う仕事に励み、喜びと栄光が果てしなく満ち溢れる天国に、たくさんの人々を導きましょう」と切に願われた。総会長・金湊哲牧師も「仮庵祭と命の水の泉」という主題の説教で、神様を知ることが春の雨の聖霊を受ける条件であり、命の水をくださる主体は“霊”と花嫁、すなわちこの地に人の姿で来られた父なる神様と母なる神様であり、命の水はまさに天の父と母の御言葉であるという事実を説明し信仰の目を開かせた(ホセ6:1-3、黙22:17、エゼ47:1-12、アモ8:11)。

世界各国の神様の教会および、各家庭で同時上映されたオンラインでの午後の礼拝動画で、母は「命の水を飲みなさい」という主題で説教を行われた。二千年前、仮庵祭大会の終わりの日に「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい」と叫ばれたイエス様と同様、現在の聖霊時代に「命の水を飲みなさい」と叫ばれている方は“霊”と花嫁、つまり父なる神様と母なる神様だ。花嫁であられる天のエルサレムは、他ならぬ“私たちの母”を指している。命の水を下さる方がキリストであることを悟る人が、その方の御前に進み出て命の水を授かることができ、仮庵祭など神様の祭りをその教えどおりに守れば、命の水を授かることができる(ヨハ7:37-39、黙22:17、ゼカ14:16-19、ヨハ4:7-30、ガラ4:22-26、ゼカ14:7-8、イザ55:1-6)。このような真理について、聖書を見ながら直接証しされた天の母は「仮庵祭は、神殿建築材料にたとえられた聖徒を集めて、天のエルサレム神殿を完工する祭りです」と語られ「永遠なる天国に行くその日まで、熱心に新しい契約の福音を伝え、多くの人々を天国に導いてほしい」と語られた。

これで、2021年の年間の祭りはすべて終了した。仮庵祭を守った聖徒たちは、祭りを通して天の神聖なる祝福をくださり命の水をお許しくださったエロヒム神様に感謝をささげ、豊かな聖霊の実を結ぶために聖霊運動に力を注ぎ、天国に向かってさらに力いっぱい駆けていくことを、それぞれ胸に誓った。