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祭りを守る者に与えられる救い

182 照会

聖書で、天国は極めて貴い宝にたとえられています(マタ13:44-46)。ある人が偶然にこの宝を見つけて大喜びし、自分の持ち物すべてを売り払ってこれを買い取ったというイエス様の御言葉を通して、私たちに与えられた天国の救いの価値というものがいかに大きいのか、わずかながら推し量ることができます。

永遠なる天国、大宇宙の銀河の世界を自由に往来できる天の栄光が、神様の祭りを守る人々に与えられるという事実を聖書で確認しながら、神様の新しい契約のすべての祭りを重んじて守り続けるシオンの家族になりましょう。

すぐに終わってしまう宇宙旅行と永遠に続く宇宙旅行

世の人々も宇宙に憧れ、宇宙旅行に行きたがります。宇宙に行って来た人々は皆、一様に次のようなことを言います。「宇宙で見た星の世界があまりにも美しくて、創造主であられる神様の存在を、誰も否定できなかった」と。

先日、アメリカのある旅行会社で宇宙旅行の希望者を募集したというニュースが報じられました。月の裏側を一周して地球に戻って来る旅行プログラムは、その経費が100億円を超えるそうですが、それでも宇宙を一度この目で眺め喜びを感じてみたいと、申し込みが殺到したそうです。

実際のところ、彼らが厳しい競争に勝ちぬいて当選したとしても、その宇宙旅行は、万一起こるかもしれない事故の危険性を憂慮しながら、せいぜい宇宙ステーションに行ってみたり、月に一度行ってみたり、地球の周りを一周する程度で終わることでしょう。宇宙ではその程度の距離なら、隣接した点と点の間の距離に過ぎません。そのようなところでも、たった一度でいいから行ってみようと、普通の人なら一生かけても稼げないほどの天文学的な金額を投資するのです。このようなニュースに接するたびに、私たちはこれまで救いの価値をどれほど実感していただろうか、あまりにも大きな祝福を受けたがゆえに、むしろその価値を悟れず、無関心だったのではないかと反省してしまいます。たった一度の宇宙旅行にそれほどまでの価値があるならば、永遠に宇宙の世界をめぐる旅行の価値はどれほど大きいのか、とても想像すらできないでしょう。

神様は私たちに、果てしない大宇宙を世々限りなく旅行できるようにさせると約束してくださいました。神様を信じ、その掟を守るという理由だけで、価なしに、功労なしに、天国に悠々と入ることができるようにしてくださったことを思うと、天国の福音の価値がいかに大きいのかについて、改めて悟らされます。

もし100億円という現金が手に入るとしたら、それを得ようと、人々はどんなに努力するでしょうか?神様が下さる救いの価値は、100億円とは全く比較になりません。それならば、私たちはエサウのように、ほんの短い間の苦しみを我慢できずに、莫大な祝福をあっさりと放棄してしまう者になるのではなく、救いの価値を悟って、常に感謝し、神様の国に必ず入る者になるべきでしょう。

神殿である聖徒と祭りの相関関係

聖書は、神様の祭りを守ることが、神様の国に入る上で欠かせない資格条件であり、祭りを守る人々に、このように大きな御恵みが与えられるという事実を教えています。

あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。 一コリ3:16-17

聖書は私たちを神様の神殿だと表現しています。これは、どこであろうと神様の契約がある場所が、まさしく神殿であるという意味です。神殿は神様が下さった契約の御言葉に従って、神様に礼拝をささげる場所です。安息日ごとに安息日の焼き尽くす献げ物をささげ、定められた時に従って、祭りの献げ物をささげる場所が神殿です。

したがって、私たちが天国の救いを得るためには、祭りを守る神様の神殿にならなければなりません。かつて、神殿の前で動物を献げ物としてささげていた旧約の祭祀が、新約時代になってからは、聖徒たちがささげる霊的な祭祀、すなわち霊と真理をもって心からささげる礼拝へと変更されました。また今は、形ある実際の建築物に代わって、聖徒一人一人が神様の神殿であると言われたので、神様の神殿である聖徒なら、その人は毎週神様にささげる安息日礼拝を守らなければならず、毎年神様にささげる3次7つの祭りの礼拝を守らなければなりません。

神殿で、神様が定められた時に従って礼拝をささげなければ、その神殿はもはや存在する意味がありません。今日この世には数え切れないほど多くの教会が存在し、そこでは神様を信じているという多くの人々が、自分こそ天国に入れると自信満々ですが、いくら自分なりに熱心に頑張っていても、神様の祭りを守らなければ、その信仰は無駄になってしまいます。彼らが、かつての太陽神崇拝日に由来する日曜日礼拝やクリスマスを守っているとしたら、彼らはすでに太陽神の神殿であり、神様の神殿ではありません。

旧約時代の歴史を見てみると、神様の神殿が偶像や忌まわしいもので満ちていた時、神様がお怒りになったという事実を確認することができます。神様を信じているという人々の心の中に、神様の祭りもなく、安息日もなく、契約もないなら、その神殿は荒れ果て汚れている状態です。もしそうなった時には、神様はその人を滅ぼすと言われたので、決して救われることはありません。神様の祭りを守らない者たちの末路はどうなるのか、聖書ははっきりと警告しています。

祭りを守る民を呼び集められる神様

それでは、祭りを通して聖なる礼拝をささげる神様の民は、どのような結末を迎えることになるのか、ゼファニヤ書3章で確認してみましょう。

娘シオンよ、喜び叫べ。イスラエルよ、歓呼の声をあげよ。娘エルサレムよ、心の底から喜び躍れ。…お前の主なる神はお前のただ中におられ/勇士であって勝利を与えられる。主はお前のゆえに喜び楽しみ/愛によってお前を新たにし/お前のゆえに喜びの歌をもって楽しまれる。」わたしは/祭りを祝えず苦しめられていた者を集める。彼らはお前から遠く離れ/お前の重い恥となっていた。見よ、そのときわたしは/お前を苦しめていたすべての者を滅ぼす。わたしは足の萎えていた者を救い/追いやられていた者を集め/彼らが恥を受けていたすべての国で/彼らに誉れを与え、その名をあげさせる。そのとき、わたしはお前たちを連れ戻す。そのとき、わたしはお前たちを集める。わたしが、お前たちの目の前で/お前たちの繁栄を回復するとき/わたしは、地上のすべての民の中で/お前たちに誉れを与え、名をあげさせると/主は言われる。 ゼファ3:14-20

ここで「祭り」という部分を英訳聖書で見てみると、「appointed feasts」、つまり、「定められた祭り」となっています。神様は祭りを守る人々を呼び集め、地上のすべての民の中で誉れを与え、名をあげさせる、と言われました。すなわち、神様が愛による安らぎと、救いという勝利をお与えになる民は、祭りのことで気を揉みながらこれを守ろうと努力する人々です。私たちはこのような神様の祭りを守っているということに、さらなる自負心と信仰を抱き、福音に情熱を傾けなければなりません。施してくださった恵みがあまりにも大きすぎて実感できずにいるだけで、神様は決して嘘をつかれることはなく、祭りを守る民に約束なさった祝福の御言葉をすべて成し遂げてくださることでしょう。

共に集まれ、集まれ/恥を知らぬ国よ/判決が出されぬうちに。もみ殻のように、その日は飛び去る。主の燃える怒りがお前たちに臨まぬうちに。主の怒りの日がお前たちに臨まぬうちに。主を求めよ。主の裁きを行い、苦しみに耐えてきた/この地のすべての人々よ(口語訳:すべて主の命令を行うこの地のへりくだる者よ)/恵みの業を求めよ、苦しみに耐えることを求めよ。主の怒りの日に/あるいは、身を守られるであろう。 ゼファ2:1-3

神様の命令を行う、つまり神様の掟を守る謙遜な者たちが、神様の怒りの日に身を守られるだろうと言われました。災いから御自分の民を救われるというこの貴い約束の御言葉も、神様の祭りを通してお許しになりました。

祭りに込められた救いの約束

私たちが神様の神殿である聖徒なら、必ず神様の祭りを守らなければなりません。祭りを守らないことには、決して救われないということを、聖書は明確に証ししています。

エルサレムを攻めたあらゆる国から/残りの者が皆、年ごとに上って来て/万軍の主なる王を礼拝し、仮庵祭を祝う。地上の諸族の中で、エルサレムに上って万軍の主なる王を礼拝しようとしない者には、雨が与えられない。もし、エジプトの家族も上って来なければ、仮庵祭を祝うためにエルサレムに上らなかった諸国の民が、主から受けたと同じ疫病に見舞われることがないと言えようか。これこそ、仮庵祭を祝うために上って来なかったエジプトの受ける罰であり、またすべての国の受ける罰である。 ゼカ14:16-19

仮庵祭は神様の3次7つの祭りのうち、最後の7番目の祭りです。仮庵祭を守らなければ災いを受けると言われました。それなのに、祭りを守らずにいかにして救われ、いかにして天国に行くというのでしょうか?

それだけでなく、神様は災いが過ぎ越す祭り「過越祭」を通して、罪の赦しと永遠の命をお許しくださいました。

イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。 ヨハ6:53-54

…イエスは言われた。「都のあの人のところに行ってこう言いなさい。『先生が、「わたしの時が近づいた。お宅で弟子たちと一緒に過越の食事をする」と言っています。』」弟子たちは、イエスに命じられたとおりにして、過越の食事を準備した。…一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。 マタ26:17-19、26-28

イエス様の肉と血を食べて飲んでこそ永遠の命を得ると言われ、また過越祭のパンとぶどう酒を指して、イエス様の体であり血であると言われました。つまり、イエス様の肉と血を食べて飲む儀式は「過越祭」という祭りによって行われることが確認できます。

前述の聖書の御言葉をまとめてみると、過越祭を守った人は、イエス様の肉と血を食べて飲むことで永遠に生きることができますが、過越祭を守らない者には、命がありません。つまり、祭りを守らなければ、「永遠の命も救いもない」ということになります。

救いは祭りを守るシオンの民に

私たちはこの点を心に深く刻み、祭りを守るシオンを建設され、私たちをシオンに導いてくださった天の父と母に、毎日喜びと感謝をささげ栄光を帰す祭壇を築かなければなりません。

シオンを仰ぎ見よ、我らの祝祭の都を(口語訳:定めの祭の町シオンを見よ)。あなたの目はエルサレムを見る。それは安らかな住まい/移されることのない天幕。その杭は永遠に抜かれることなく/一本の綱も断たれることはない。まことに、そこにこそ/主の威光は我らのために現れる。そこには多くの川、幅広い流れがある。櫓をこぐ舟はそこを通らず/威容を誇る船もそこを過ぎることはない。まことに、主は我らを正しく裁かれる方。主は我らに法を与えられる方。主は我らの王となって、我らを救われる。…都に住む者はだれも病を訴えることはない。都に住む民は罪を赦される。 イザ33:20-24

神様は、祭りを守るシオンに住む民の罪をお赦しくださり、彼らを救ってくださいます。つまるところ、救われる人々は祭りを守る者たちです。それゆえ、神様は祭りのことで気を揉み苦しんでいる者を集めて、この世で誉れを与え、名を上げさせると言われ、祭りを守れば災いを免れるようにしてくださるが、守らなければ災いを下すと言われました。

神様が「救いは祭りを守るシオンから出る」と言われたのに、祭りを守る必要がないとか、祭りを守ったらむしろ救われないなどという、荒唐無稽な嘘にだまされてはいけません。神様の御言葉に反する教えは、サタンの巧妙なまやかしに過ぎません。偽預言者を警戒しなさいと言われ、彼らの実で彼らを見分けることができると言われたので(マタ7:15-20)、私たちは神様の御言葉に逆らう彼らの行いを通して、彼らの正体を見極めなければなりません。

祭りを守る民が、実際に神様の定められた日にすべての災いを免れ、救いを受けることになったのか確認してみましょう。

また、わたしが見ていると、見よ、小羊がシオンの山に立っており、小羊と共に十四万四千人の者たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とが記されていた。…彼らは、玉座の前、また四つの生き物と長老たちの前で、新しい歌のたぐいをうたった。この歌は、地上から贖われた十四万四千人の者たちのほかは、覚えることができなかった。彼らは、女に触れて身を汚したことのない者である。彼らは童貞だからである。この者たちは、小羊の行くところへは、どこへでも従って行く。この者たちは、神と小羊に献げられる初穂として、人々の中から贖われた者たちで、 黙14:1-4

この地上から救われた聖徒たちのいる所が、祭りを守るシオンです。使徒ヨハネは、祭りを守る所にいる聖徒たちが、神様と共に救いの喜びを満喫している場面を、黙示を通して見ました。祭りのない所には、救いがありません。聖書の知識がないゆえに、祭りがなくてもそこに天国があるのではないか、救いがあり、祝福があるのではないかと考えますが、聖書の教えは全く違います。私たちは唯一、祭りを守るシオンで、神様に霊と真理をもって礼拝をささげ、神様が施してくださった救いの価値を確実に悟る聖徒たちにならなければなりません。

神様の祭りを守る聖徒たちは、遠からず宇宙の世界を自由に行き来できる栄光の救いを迎えることでしょう。その無限で広大で美しい世界へ私たちだけが行くのではなく、この世のすべての人々も一緒に行けるように、救いの知らせを伝えてあげましょう。たった一度月へ行って帰ってくるのに、100億円を投資するほど、宇宙の世界に憧れている人々に、月だけでなく火星、金星、北斗星も自由に行き来できる旅行が存在することを教えてあげましょう。霊的シオンにいる私たちは、祭りを通して確実な救いを得ることができました。私たちに祭りを与えてくださり、永遠なる栄光を与えてくださった神様に、常に感謝と賛美をささげ、神様の善良なる御心に恵み深い姿で従う子供たちになりましょう。