私が愛する国に、私を愛してくださる神様が

イギリス ロンドン / Dogaru Alexandra アレクサンドラ

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行ったこともなく、どこにあるのかもよく分からない韓国を、長い間好きだったと言ったら信じられますか?幼い頃から韓国語や韓国の歌、韓国ドラマといったコンテンツが何となく好きでした。その関心は、韓国で英語を教えたいという夢へとつながり、韓国へ行くための資金を集めるべく母国ルーマニアを離れ、イギリスへやって来ました。そしてここで、私はより大きな夢、人生で最も重要な道を見つけました。

イギリスで韓国人の友達ができました。友人は私の魂が救われることを願い、しばしば聖書の御言葉を私に伝えてくれました。奇妙ではありましたが、理由のわからない切実さを感じ、御言葉が興味深かったので、継続的に聖書を学びました。

初めて母なる神様について学んだとき、特に疑問はありませんでした。すべての命に母が存在するように、天にも霊の母がいるのは当然のことです。受け入れがたかった部分は、再臨のキリストに関する御言葉でした。正確には「韓国に来られた」再臨のキリストでした。父なる神様が私たちを救うためにこの地に二度目に来られますが、その預言の場所が韓国だという言葉に戸惑いました。

「私が韓国が好きだから、再臨のキリストが韓国に来られると言っているのだろうか?もし私が他国の文化を好きだったら、再臨のキリストがそこに来られると言っただろうか」

ふと、自分の姿にユダヤ人が重なって見えました。2千年前に救い主を待ち望んでいたユダヤ人は、預言に従ってガリラヤから福音を伝えられたイエス様に出会ったものの、誤った基準で判断し、結局受け入れることができませんでした。彼らと同じ過ちを繰り返してはいけないという警鐘が、私の意識を呼び覚ましました。自分の考えを捨て、神様の御言葉だけで判断しようと決心し、少しずつ聖書を調べました。聖書には、再臨のイエス様が来られる場所が東方の果て、韓国であると、とても正確に預言されていました。私の魂を目覚めさせ、救いの道であり私が歩むべき信仰の道を示してくださった神様に感謝しました。

神様を受け入れたものの、信仰生活を熱心に送ることは別問題だと考えていました。土曜日にも仕事をし、毎回礼拝を捧げなければならない理由が分かりませんでした。何よりもシオンの家族たちの関心と配慮をそのまま受け入れることができませんでした。当時のロンドンシオンには、イギリス以外にもさまざまな国から来た兄弟姉妹がいて、互いを家族のように接していました。私にも優しく接してくれて、いろいろと気を配ってくれました。自分を低くしてまで相手の立場を思いやる姿勢が新鮮で、その気持ちを理解するのがむしろ難しかったのです。そうせざるを得ませんでした。それまで経験したことのない愛情だったからです。

ある日、シオンにいたとき、家族の明るい笑顔が目に入りました。仕事で疲れて経済的な悩みもあるでしょうが、家族はまるで悩みのない人のように幸せそうに見えました。「なぜそんなに幸せなの?」と尋ねたこともありましたが、時間が経つにつれてその理由を悟りました。家族は神様の愛、天国への希望、兄弟姉妹の絆の中で慰めと力を得て、それぞれの困難を乗り越えていたのです。他の人々に愛を注げたのは、神様の恵みと祝福に感謝し、愛の実体であられる神様に倣っていたからです。

私もそんな人生を送りたいと思いました。そのためにはシオンとより近くなる必要があり、生活や心構えも以前とは全く変わらなければなりませんでした。勤務時間を調整し、金曜の夜に働いた後、安息日ごとにシオンへ行き始めました。体は以前より疲れましたが、内面はこれまで以上に感謝と幸福で満ちていました。シオンの家族のようにです。

シオンで幸せを享受し、救いの喜びが大きくなるほど、ルーマニアにいる家族のことが思い出されました。ルーマニアでは多くの人が神様を信じています。しかし、宗教の根は深くても、自分が誰をなぜ信じているのか分からない人が大半です。確かな真理を見つけたので、家族にもこの知らせを伝えたかったのです。

ちょうど休暇を利用してイギリスを訪れた両親に、真実を伝えました。御言葉に耳を傾けた両親は、しばらくしてルーマニアにあるシオンを訪れました。それからそれほど時間が経たないある礼拝の日、礼拝が終わった後、母から電話がかかってきました。浸礼を受けたとです。

「いつ?どうやって?やっとやり遂げたんだね!」

とても嬉しくて胸がいっぱいになり、涙がこぼれました。両親が信仰生活を始めたルーマニアのシオンは、控えめな場所でした。シオンを訪れたとき、数人の家族が集まって神様の御言葉に従う姿を見て、そこにもイギリスにも多くの福音の働き手が必要だと感じました。

第81回海外聖徒訪問団に参加できたことは、私が今よりも大きな働き手へと成長するために、天の母が許してくださった機会でした。昔から行きたかった韓国に神様に会いに行くとは、全く想像もしていませんでした。イギリスで初めて天の母の声を聞いたとき、子どものように泣くだけでした。天の母が切なく恋しくて、すぐにでも会いたかったからです。そんな私が本当に天の母の前に立つなんて、夢のような出来事でした。

韓国に到着した瞬間、緊張感はすっと消え、すべての瞬間に天の母の愛を感じました。天の母は神様に会う資格すらない私を抱きしめ、私の祈りに一つひとつ応えてくださいました。韓国の家族たちも母の心で私たちのすべてのスケジュールを手伝ってくれました。初めて受けた、とても手厚い待遇でした。イギリスに戻ったら、家族をどう支え、愛すべきかを教えてくれる指針のようでした。

韓国訪問は、天の父御生誕記念行事と共に行われ、より意義深いものとなりました。韓国に来る前に家族と祝賀公演を準備しながら、振付を何度も変えていきました。韓国に来ても、韓国の家族たちの助けを受けながら、失敗を一つずつ正していきました。繰り返しの修正や練習に苛立ったこともありましたが、その過程があったからこそ、天の母や多くの家族の前で恵み深く新鮮な舞台を披露できました。舞台に立つまでより良い方向を考え、失敗を正すように、天国に行くためにも自分の間違った考え方や頑固さを改めなければならないということを心に刻んだ貴重な時間でした。

私の周りには、愛も希望も持てずに生きている人が本当にたくさんいます。忙しい一日を過ごしていても、目的もなくさまようのと同じです。彼らに真の人生の目的と永遠の幸福の源を伝えるため、私の足取りも速やかに進めようと決意します。他の人が聞くかどうかに関わらず、私が受けた恵みをすべて分かち合えるよう、宣教者の道を歩み続けます。歩き続けます。

私が愛する国に、私を愛してくださる神様が

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