映像で伝えられた命の水の御言葉

韓国 ソウル / アン・ヒヨン

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今まで、職場で働きながら家族を養うために福音を疎かにしていました。忙しいという言い訳で礼拝だけかろうじてささげていると、信仰の中で喜びを見つけられず日常に疲れていきました。後退するような信仰に苦しみましたが、何かを変えようとする試みはしませんでした。

病気の実家の母と一緒に暮らしながら負担な気持ちがさらに大きくなりました。なぜ私だけがこんなに苦労するのかという恨みと不平があふれ、肩を押さえつける人生の重荷があまりにも重く、どこかに逃げてしまいたかったのです。耐えられないほどつらい日は、夜中にこっそりベランダで子供のように声を出して泣いたりもしました。

しっかりしなければならないと思いながらも、いざどうすればいいのか分からなかった私を立ち上がらせたのは、神様の教会公式ユーチューブチャンネルに上がってきた動画でした。いつでもどこでも見ることができ、映像の内容が恵み深く、しおれている私の魂のために、暇さえあれば視聴することに決めました。

覚悟とは裏腹に、最初は動画説教一つ見るのも簡単ではありませんでした。長い間、耕かさず固くなってしまった心の畑は、命の水の御言葉を深く受け入れることができませんでした。一週間、二週間、三週間が過ぎても平然として変わらない私自身に問題があるのではないかと思い辛くなりました。見もせず聞かなければそれで終わりでしたが、そうしたくはありませんでした。御言葉を心に刻ませてほしいと切に祈りながら、無理やり動画視聴を続けました。不思議なことに、ある瞬間から説教が耳にすっと入ってきました。一言一言が蜜のように甘く感じられ、とても心に響いたので、一日に一、二本では飽き足らないほどでした。

神様の御言葉の効果は驚くべきものでした。変わったことが一つもない状況でも感謝が湧き出て、信仰を保つことも大変だった私が御言葉を伝える勇気を出すまでになりました。親しく過ごす職場の同僚たちが一緒に救われてほしいという気持ちで、入社後初めて真理発表を聞いてほしいと頼みましたが、皆快く応じました。「こんなに簡単に?」と思ってから、ふと理由が分かりました。二年ほど勤めながら、たとえ御言葉を伝えることはできませんでしたが、神様の子供らしく善良な行いを実践しようと努力しました。しなければならないことがあれば私の役割ではなくても「担当者が忙しくてできないようだ」と静かに処理しておいたりしました。そのようなことが積み重なって、仲間たちの心が溶かされていったのでした。

特にある同僚は「聖書にこんな御言葉があったんですね」、「頭の先から足の先まで戦慄が立ちます」と言って特に不思議がりました。発表を聞いてくれる日には約束を守ろうと努力し、すべての内容に耳を傾けました。いつも明るくて心がしっかりとしている姿が私たちの家族のようで、より気になった同僚を「私たちの母」文と写真展(母展)に招待しました。同僚は展示場に入るやいなや、祖母のことを思い出すと泣き出し、涙を拭いながら展示物一つ一つをじっくり見ました。観覧後、「天の家族になってほしい」という私の言葉に喜んで新しい命の祝福も受けました。「明日、会社から帰宅した後また一緒に聖書の勉強をしよう」という、贈り物のような同僚の挨拶に胸がいっぱいになりました。

何より神様に本当に感謝しました。私の心の畑を御言葉で耕してくださり、同僚にまいた御言葉の種も育ち、実を結ばせてくださったからです。実は私の発表は流暢ではありません。神様の声を聞かせたいという切実な気持ちで伝えただけなのに、神様がその願いを聞いて恵みを施してくださったようです。

神様の御言葉の恵みは実家の母にまで及びました。他の教団で信仰生活をしてきた母親は、ずいぶん前に新しい命の祝福は受けましたが、肉体で来られた再臨キリストを認められませんでした。私と一緒に暮らして再びシオンに足を踏み入れたお母さんがどうすれば完全な信仰を持つのか悩みました。工夫の末、普段本を読むのが好きな母親に真理の書と説教集、《エロヒスト》を読んでみるように渡しました。本を読んで信仰がぐんぐん成長した母親は、以前に他の教会に一緒に通っていた方々、昼間通っているデイセンターの先生たち、まだ真理を迎えていない息子や娘に過越祭を伝えるかと思えば、どもりながら真理発表も試みました。

日曜日には朝早く全羅道に住む私の二番目の姉と電話で聖書の御言葉を勉強しました。スピーカーフォンで聞こえる姉の声に沿って老眼鏡をかけた目で聖書に線を引きながら几帳面に読む母親の姿が本当に奇跡のようでした。母親は姉と一緒に勉強した神様の教えに驚き、何日も何日も繰り返し、説教集を読みながら感銘深い内容を私に話してくれました。やはり命の水の御言葉は魂を生かす秘訣でした。

過去の私の中には私自身がいっぱいでした。自己中心的な信仰をしてきた私は、小さな試練が来ただけでもすぐに座り込んで、周辺の状況を恨みました。私を空にした場所に御言葉であられる神様をお迎えすると、すべてのことに感謝するようになり、周囲にも肯定的な影響を及ぼすようになりました。動画説教視聴という小さな実践が弱かった信仰を堅固に立てる大きな変化をもたらしました。私を眠りから起こして命を救う仕事に参加させてくださった天の父と母に感謝します。

映像で伝えられた命の水の御言葉

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