WATV.org is provided in English. Would you like to change to English?

神様の近くで

韓国 ソウル / イ・ピョンファ

185 照会

中学1年生の時、シオンで聖書を深く掘り下げて学びました。家族と一緒に幼い頃から教会に通っていましたが、真剣に御言葉を調べたのは、それが初めてでした。

年は幼くても、そこそこ聖書を知っていると自負していたのに、その日見た聖書の預言と成就は、まるで初めて聞いたことのように新鮮でした。聖書は決して否定できない証拠にあふれていて、神様は間違いなく存在されました。

聖書も神様も、確実に信じられるようになったことがとても嬉しくて、神様に感謝の手紙を書きました。

『今日は本当に多くのことを悟りました。神様、ありがとうございます。これからも常に神様に従い、頼れるようにしてください。』

以後、何でも神様に祈る習慣が身に付きました。一日を終える頃ささげる祈りは、神様にささげる手紙であり、一日を振り返って反省する日記でした。友人や両親に言えない悩みも、神様には気兼ねなく打ち明けられました。以前は遠く感じられた神様が、常に近くにおられるようでした。

ある日のこと、私たちの教会について誤解している友人を教会に招待しました。友人が誤解を解いて真理を悟ることを願い、その日も神様に祈りをささげました。神様は、数日後、祈りに答えてくださいました。教会を訪問した二人の友人が、同級生たちに教会で聞いた御言葉をよく説明してくれたのです。おかげで同級生たちが「私も一度行ってみたい」と教会に訪ねてきて、神様の教会が聖書の教えどおりに行う正しい教会だということを確認しました。友人の一人は真理を悟って、新しい命の祝福を受けました。神様に本当に感謝しました。

青年になってからも、祈りを通して、神様と共に歩む日々が続きました。前から、福音の預言者になるという夢を育てていた私に、信仰の視野を広げ、神様ともう少し近づくことのできる機会が与えられたのです。まさに、フィリピン短期宣教でした。

志を共にした家族たちと一緒に、期待で胸を膨らませながら到着したフィリピンケソンシティで、私を迎えたのは強烈な「暑さ」でした。太陽の光が強すぎて日傘を差さなければ、歩くどころか目を開けることすら大変でした。しばらくはなんとか耐えられましたが、2週間が過ぎた頃からは、体力が底をつき始め、精神力で一日一日を持ちこたえました。

ところが、暑さよりも現地の家族の情熱が熱かったです。夜間の仕事をして来て、ちょっと休んで宣教する人もいれば、炎天下を一時間以上も歩いて行って、兄弟姉妹の面倒を見る家族の信仰は、まるで溶鉱炉よりも熱かったです。家族たちを見て、ちょっとの暑さも耐えかねていた私が『井の中の蛙』のように感じられました。全世界にこのように信仰に満ちている家族が、どれだけ多いだろうと考えてみると、霊的な緊張感がみなぎって、自ずと神様に祈る言葉が出て来ました。

家族を見ながら元気を出しました。熱心に祈りました。言葉も通じないし、体も付いていかないので、頼るのは、神様だけでした。

大変で切実だっただけに、実りの喜びは大きかったです。真理を知らず、さまよっていた人々がおとなしい羊のように悔い改め、神様の懐に出て来る時の感動は、私の生涯のうちで最高の幸せでした。

一ヶ月間のフィリピン短期宣教を終えて帰国し、次の短期宣教を計画しました。フィリピンで、預言者になる夢がより鮮明になったので、さらに多くの経験をしてみたいと思ったのです。

二回目の目的地は、ケソンシティから6時間ほどかかるサンノゼ地域でした。そこでも宝石のような天の家族が救いの知らせを待ちわびていました。

大学で、ある青年に御言葉を伝えていた時のことでした。青年の弟がある物を渡すために来たのですが、そのまま帰らせるのは惜しくて、彼にも神様の掟と人間の戒めについて聖書を見せて伝えました。びっくりしたその弟は、聖書を続けて学びたがり、しばらくして救いの祝福を受けました。

一人、二人と新しい家族が増えていきながら、ご飯を食べるときも、ベッドに入ってからも、常に家族のことを考えました。知らせてあげたい聖書の御言葉は頭の中にいっぱいあるのに、言葉が上手く話せないので伝えられずにもどかしく、もし悟れなかったらどうしようかと心配になったりもしました。安息日礼拝の時、家族たちの顔を見ると、どれだけ嬉しかったことでしょう。改めて、一人の魂がどれだけ大切なのかを身に染みて感じました。

6ヶ月間の日程を終えて帰国しながら、よくよく考えてみました。言葉もあまり通じないし、文化も違う、色々と韓国より福音環境の面では条件の劣るフィリピンで、福音の実がよく結ばれた理由は何だろうかとです。

ただ海外だから、フィリピンには神様を信じている人が多いからだろうと推測してみましたが、そうではありませんでした。韓国とフィリピンでの自分の姿が違ったのです。フィリピンでは、朝目覚めて日課を終えるまで、すべて霊的なことで一日を満たしました。帰国する前まで、一人の魂でももっと呼び覚ましたい意欲があり、暇さえあれば聖書を見て、家族の世話をすることに神経を集中させました。

韓国ではそうできませんでした。いつでも宣教できると思い、無意味に過ごす時間が多かったです。預言者を夢見ると言いながらも、無駄に生活していた自分が、恥ずかしくなりました。

フィリピンでのように無駄な時間なしに、福音に献身するなら、国内でも海外でもよい実を結べるという新しい覚悟で、預言者の道を準備しながら、福音に専念しました。すると、神様が一人の兄弟をシオンに導いてくださいました。道を行く途中で聖書の御言葉を聞いた兄弟は、毎日のように教会に寄って勉強を続けました。真理を受け入れた直後、遠くに引っ越したのに、毎週礼拝を欠かさずにささげています。「神様の恵みで兄弟に会って、天国の希望を持てるようになれて、本当に感謝している」という兄弟の心からのメッセージは、一生忘れられないでしょう。

現在、私は軍入隊を控えています。これもまた、海外でのように、信仰を深め広げる機会だと思います。軍生活を忠実に行いながら、熱心に御言葉を調べて、神様にもたゆまず祈り、神様と離れないように努力します。善い行いで神様の栄光を多く現し、天の家族を捜すことも疎かにしません。

困難な状況や環境の中でも神様に頼って、神様の御心通りにしていたら、目標を達成できると信じています。神様が長い年月、数々の過程を準備され、私を成長させてくださったように、軍隊でも、後日世界福音の現場でも、立派に使命を果たすことのできる預言者になりたいと思います。