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学び満たすための時間

韓国 富川 / シン・ヌリ

215 照会

学生部から青年部に上がってきて、前で引っ張っていく姉妹たちのあふれる愛情を受けながら集まりにも参加し、シオンの温もりについて、少し分かりかけてきたある日のことでした。ある映像を視聴してから、みんなでシオンの香りを分けあっていた時に、ある姉妹が「私たちのために犠牲になられる母に、とても感謝しているが、また申し訳なく感じる」と言って涙を流すのです。つられて私も涙がこぼれました。なぜだったかは分からないのですが、心底悔い改めている姉妹の姿が感動的でもあり、礼拝のたびに下さる貴重な御言葉を聞き流してしまっていた自分が恥ずかしかったからのようでもあります。

その後、変化し生まれ変わろうと努力しました。誰かが話しかけてくるかと、礼拝が終わるや否や一目散に家に帰っていた学生時代とは異なり、熱心に集まりにも参加して御言葉を調べ、祝福を受けることには自分から率先して取り組みました。そうするうちに、海外宣教について関心が湧くようになりました。以前は、私とは関係のないことと思っていたのですが、ようやく私の使命だと受け止められるようになったとでも言いましょうか。海を渡り、異国の地で、堂々と切なる思いを込めて福音を伝え、失った兄弟姉妹を捜す朝露の青年たちの姿は、私の胸に情熱の熱い炎を燃え上がらせました。

神様を頼って望みを叶えようと決心すると、幾つもの難関があったにもかかわらず、海外宣教への道が広く平らな道へと変わりました。とても嬉しくありがたくて、一緒に行く家族とブラジルに向かう飛行機の中から早速、楽しい気持ちで御言葉を伝え始めました。

ブラジルの北東部ペルナンブーコ州の首都であり、港湾都市であるレシフェは、今まさに福音の芽を出した地域でした。礼拝所の天井が鉄板なので、雨の日には、騒がしく響き渡る雨音のため、説教がほとんど聞こえないほどでしたが、家族は文句も言わずに恵み深く信仰を育てていました。

このように美しい兄弟姉妹を見つけることができるというときめきを抱いて、ブラジルの福音の門を叩きました。現地の人がやっと聞き取れるレベルのポルトガル語なのに、多くの人が辛抱強く私たちの言葉に耳を傾けてくれました。そのうちの一人が、ナイジ姉妹でした。初めて会ったとき、私たちが天の母を知らせると、聞いたことがあると非常に喜ばれたので、何故だろうと思ったら、実は4年ほど前、レシフェ福音開拓当時、真理を受け入れた方だったのです。二人の娘と孫娘まで一緒に神様の子どもとなる祝福を受けたのですが、また他の娘に激しく反対され、信仰を続けられなくなったのだそうです。それでも姉妹は、しばらくしてから再びシオンに行こうとしたのですが、電話番号と教会の場所を忘れてしまって行くことができなくなったのだと、当時の切ない心情を伝えてくれました。

真理に飢え渇いていた姉妹は、聖書を読んでいて『神様の教会』という言葉に疑問が生じ、プロテスタントの牧師に尋ねたそうですが、何も答えてもらえず、とてももどかしかったと言います。私たちが聖書で、神様の教会は過越祭を守る所だと知らせてあげると、どれだけ喜んだかしれません。姉妹は横で一緒に聞いていた知人をすぐにシオンに導きました。続いて、真理から遠ざかっていた娘と神様の教会の信仰に反対していた娘まで、真の神様のもとに導きました。

クレイジー姉妹のいきさつも恵み深いです。聖書の御言葉をずっと調べていたにもかかわらず、シオンに行ったり、神様を受け入れたりしないので、私たちを焦らせていた姉妹が、ある日、ものすごいどしゃ降りのなか、娘と一緒にシオンに訪ねてきたのです。雨でびしょぬれになった姿に驚き、どういうわけか尋ねてみると、ようやく真理に対する確信が持てるようになったので、人々に教会の場所を尋ね尋ねて来たと言うのです。神様を受け入れた後、姉妹は真心を込めて掟を守り、天の祝福を積んでいっています。美しい天の家族がシオンに出てきながら、ハウスチャーチが手狭になり、より広い神殿を探さなければならなくなりました。ちょうど適当な建物が見つかり、過越祭の前までに新しい神殿の工事を終えるという計画を立て、家族みんなで力を出し合いました。高温多湿の海岸気候である上、数日間ずっと壁を立て、セメントを塗って、掃除をしたせいで、疲れてヘトヘトになってしまいましたが、神殿建築に助力できるということだけでも、家族は皆、感謝をささげました。

天の父と母の祝福と家族の連合で、きれいに改装された新しい神殿も、程なくして誠実な魂たちでいっぱいに満たされました。子供の頃から女性的な神様は存在しないのか気になっていたのだが、近所に住むシオンの家族を通して天の母を受け入れ、夫と息子たちまで導いた姉妹、また、プロテスタント教会に通っていたのだが、インターネット上で安息日に関する総会長の説教を見た後でシオンを探し回ったという兄弟等、天の母の胸に抱かれた子供のように神様の内で幸せそうにしている家族を見ていると、言葉では言い表せない喜びが胸いっぱいに広がります。時には妨害と試練が襲ってきて、心が痛み、哀しい時もありましたが、だからこそ、神様に一層依り頼むことができ、実りの喜びも大きかったのだと思います。

韓国に戻って来て、新たな出発点に立った今、神様が私にブラジル宣教を許された御心は何だったのか、改めて思い返してみます。考えてみれば、ブラジルに出発するわずか1年前でさえ、福音のために何かするということは考えもしなかった私が、海外宣教に出て行ったということ自体、神様の祝福がなければ不可能なことでした。ブラジルのレシフェで送った3年間は、天の父と母の愛と犠牲も、真理の価値も表面的にだけ知っていた私を悟らせようと、神様が許してくださった「学び満たす」ための時間でした。ブラジルの福音に私の力が必要なのではなく、私の信仰の成長にその経験と悟りが必要だったのです。3年間福音に専念しつつ、私たちを救われるため、休みなく働いて来られた天の父と母の限りない愛と犠牲もほんの少し悟ることができましたし、忍耐する秘訣や、他の家族と和合することも学びました。

韓国で歩む福音の道でも、学び満たすべきことがたくさんあるでしょう。私が祝福を受けるにふさわしい姿を身につけられるようにと、神様が多くの時間と過程を準備してくださったように、今から私も神様の御業に、小さな力ですが、ぜひ助力したいと心から願います。その願いが叶うように、私に許されている場所で、まめに熱心に福音を伝えながら、神様の御声を待っている兄弟姉妹を捜していきます。すべてがただ楽しく感謝することばかりだったブラジルでの日々のように、いつも喜びと感謝の心で!