聖書の御言葉
救いに導く知恵でいっぱいの聖書(二テモ3:15)。
その中から、神様の真なる御心を学びます。
この世にイエス様に従う人々は多いのに、なぜイエス様が立てられた新しい契約は守らないのですか?
イエス様がこの地に来られた目的は、罪により死ぬしかない人間たちに永遠な命をくださるためです。イエス様…
聖書の安息日は土曜日なのに、日曜日に礼拝をささげる教会が多い理由は何でしょうか?
聖書の安息日は七番目の日なので、正しくは土曜日です。初代教会は聖書の教えどおり安息日を聖別し守りまし…
イエス様は全知全能なる神様なのに、なぜ人の姿で来られたのですか?
神様は望まれればいくらでも人の姿で現れることができます。神様は全知全能なので、肉体を持たれることも、…
過越祭
イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命は…
わたしを尋ね求めよ
神様は人類に「わたしを尋ね求めよ」とおっしゃいました。神様を尋ね求める、つまり神様を探すためには、神様について知らなければなりません。神様がどこにおられるのか、どんな真理を持ってこの地に来られるのか、聖書に記されているすべての手がかりを見つ…
掟と反逆
反逆とは、一般的に王の統治方針や政策に従わず、謀反を企てることを意味します。 霊的世界においては、私たちの王であられる神様の掟を守らないことが「反逆」です。神様の掟を守る人は、神様の側に立つので、絶対に神様に逆らったり、反逆することはありま…
天国の言葉と救いの言葉
シオンの家族たちがますます増えて、預言に従って多くの群れが集まってシオンに戻ってくるので、たまにシオンの言語習慣と聖書の教えを理解できず、まだ世の中で学んだ言葉の習慣通りに行う方もいるようです。私たちがどうすれば天国の言葉、救われる言葉を話…
天国の価値観と天国の計算法
この世を生きる人々の価値基準は、当然それぞれ異なるものです。ある人は物質的なものや財物に価値を置き、ある人は学識に価値を置き、ある人は娯楽や道楽に価値を置いて生きていきます。 世の人々と違って私たちが望んでいるものは、目には見えない永遠なる…
聖霊の欲することを望む者と肉の欲することを望む者
神様は私たちに、常に聖霊の欲することを望むよう頼まれました。聖霊は神様であられるので、聖霊の欲することを望むということは、神様が私たちに下さった心、神様と一致した心を持つということです。反対にサタンは、肉の欲望を吹き込んで、私たちを霊的なこ…
サラの笑みとシオン
聖書で、アブラハムは父なる神様を表す人物です(ルカ16:19-31)。彼の跡継ぎとなったイサクは神様の子、すなわち約束の子である私たちを表しています(ガラ4:28)。そしてイサクの母親であるアブラハムの妻サラは、霊的に新しい契約の実体であら…
いつも喜んでいなさい
私たちがまもなく帰っていく天国、そこはどんなに喜びと楽しみが溢れている所でしょうか?聖書は、天国と地上世界が実物と影の関係にあると教えています(ヘブ8:5)。したがって神様が人類に与えられた“喜び”という感情についてよく調べてみれば、私たち…
仮庵祭と命の水
聖暦7月15日に迎える仮庵祭は、神様の3次の7つの祭りのうち最後の祭りです。仮庵祭はイスラエルの民が荒れ野で生活していた時、神様の幕屋を建てたことを記念する祭りで、秋の農作物を収穫する収穫の祭りでもあります。旧約時代の名称としては「幕屋祭」…
神様が見て良しとされた
私たちは永遠の天国を目指して信仰の道を歩んでいます。信仰の荒れ野には人の目には良く見える信仰があるかと思えば、神様の目に良いとされる信仰の人生を生きている人々もいます。 初代教会の歴史を見ると、使徒たちと聖徒たちが「人に取り入ろうとしている…
世の中で一番心地良い匂い、お母さんの匂い
生まれたての赤ちゃんにとって、母親は世界そのものだ。母の懐ほど安全なところはない。未熟児の死亡率が高かった1978年、コロンビアのボゴタのある病院で当時不足していたインキュベーターに代わる方法として「カンガルーケアKangarooCare」…
角笛祭
角笛祭は秋の祭りである3次の祭りの仮庵祭は、角笛祭、大贖罪日、仮庵祭で構成されています。イスラエルの民は角笛の音が鳴り響く角笛祭になると、祭りの掟に則って心を清め、大贖罪日まで悔い改めの時間を持ちました。 角笛は力強い音が出る楽器であるため…
裁きの玉座と言行録
ヨハネの黙示録を見ると神様が全ての人を裁かれる時、裁きの玉座の前に各自の人生でどのようなことを行ってきたかが書かれている書物が開かれています。神様は、その書物の記録に基づいて、その人が正しいことをしたのか正しくないことをしたのか、また神様の…
神様を愛しているか
神様は私たちを愛しておられます。天地創造の前に私たちを愛によって選ばれ、十字架に釘づけにされて最後に息が止まる瞬間まで、私たちの安否を気づかわれ、今この瞬間も絶えず私たちを愛しておられます。 それでは、私たちは神様を愛しているでしょうか。私…
言葉と救い
人が生きていく上で言葉はとても重要です。ひと言で今まで築いてきた信仰が一夜にして崩れることもあれば、世の中ではひと言で互いに築いてきた信頼が一瞬にして失われてしまうこともよくあります。 言葉を全く口にしないわけにはいきませんが、話をするとき…
新しい契約の安息日
神様は私たちの救いのために全66巻の聖書を記録され、聖書の最後の部分にあたるヨハネの黙示録の末尾で、誰でも聖書の御言葉に付け加えたり、そこから取り去ったりしないようにと言われました。これは、神様の御言葉がどれほど権威のあるものなのかを悟らせ…
ただ神様のみが答えである
ある問題にぶつかる時、私たちはしばしばその問題を解決できると思われる人の助けを探し、求め、頼ろうとする傾向があります。地上のものは影であり、その実体は天にあります(ヘブ8:5)。それでも私たちは、影を追いかけて、ことを進めようとする時が多い…
命の法を守ろう
ダビデの生涯を見てみると、神様の掟と定めと法は、彼にとって喜びの対象でした。神様の律法は魂を生かし、神様の教えは心を喜ばせると言ったダビデは、神様の掟を純金よりも慕いました(詩19:8-12)。 神様の民であれば、このように神様のすべての教…
日の沈むまで、しっかりと上げられていた
エジプトを出てシンの荒れ野を経てレフィディムに至ったイスラエルの民の前に、アマレク軍が押し寄せてきた。アマレクとの戦いを控えてモーセがヨシュアに言った。 「人々を率いて、アマレクと戦え。明日、私は神の杖を手にもって丘の頂に立つ」 ヨシュアが…
私たちの未来
人は誰でも将来のことが気になります。それでは、「これから十年後、私はどんな姿だろうか、またそれ以降、私はどう変わるだろうか」と考えてみたことがありますか? 韓国には「十年経てば山や川も変わる(風景が変わる)」という言葉があります。私たちの周…
わたしは既に来ました
「わたしは既に来ました」というキリストの御声を伝えるシオンの家族たちの鬨の声が、世界各地から聞こえてきています。世の人々は、いったい誰がどこに来たのか知りたくて、多くの関心を見せています。 世の人々が待ちわびている神様が既に来られたことを、…