聖書Q&A

「なぜ?どうして?」そんな疑問を聖書で解いていきます。

イスラエルの民の歴史は私たちの教訓だと言いますが、イスラエルはAD70年にローマによって滅ぼされました。神様に選ばれた民族という選民思想を持ち、自負心を抱いていたイスラエルがどうして滅亡し、またどのように滅亡したのですか?また、それが今日の私たちに与える教訓は何でしょうか?

AD30年頃、イスラエルの宗教指導者たちは、人類の救いのためにこの地に人の姿で来られた神様、イエス様を告訴して、ピラト総督の前に立たせます。法廷に集まったユダヤ人たちも声高にキリストを十字架につけろと叫びます。 ピラトはイエス様に何の罪も見…

聖書ではイエス様のことを「メルキゼデクと同じような大祭司」、つまり「メルキゼデクの系統の大祭司」と言っていますが、どういう意味ですか?

「系統」と訳された「タクシス」の意味 「系統」は、一定の順序を追って続いている、統一のあるつながりを意味します。 ギリシャ語原語では、「順序、順番」という意味の「タクシス」と記録されていますが、聖書ではこの言葉が、特定の職務を行う身分の順序…

イエス様が再び来られる時は、雲に乗って’栄光’を帯びて来られると言われたのに、平凡な肉体の姿で来られるなんてよく理解できません。

聖書には、イエス様が再び来られることと、その時に大いなる栄光を帯びて来られることが預言されています(マタ24:30)。それでは、イエス様が言われた「栄光」がその体からきらびやかな光が発せられるような肉的な栄光を意味するのでしょうか? キリス…

キリストの福音は新約時代になってから異邦(外国)に伝わっていきましたが(使10:11)、旧約時代にも異邦に伝えられていたのですか? それともそんなことはなかったのですか?

聖書に、モーセの時代に過越祭を守ることができる基準として「外国人はだれも食べることができないが、各々がお金で買った奴隷の場合、割礼を施すならば、食べることができる」(出12:43-45)という御言葉があることから、異邦人でも割礼を受けた人は…

「神様の教会」では、他の教会で守らない安息日、過越祭を重要視して守っていますね。特別な理由がありますか?

祭りを定め、守りなさいと命じられた方は神様です。神様が立てられた法の中で、私たちの救いと関係がなかったり、意味がないものは一つもありません。聖書に記録された祭りも、私たちの救いと密接な関係があります。 祭りを立てられた理由 私たちはすべて天…

キリスト教はお一人である神様を信じると言いながら、エホバという神様も信じ、イエス様も信じ、聖霊も信じます。それでは神様が三人だというのでしょうか?

神様は人類を救われるために聖父・聖子・聖霊、三つの時代に分けて各時代ごとに他の名前で働かれました。聖父、すなわち父の時代にはエホバとして、また聖子、息子の時代にはイエス様として登場され、聖霊時代にはまた他の名前で働かれます。 「イエスは、近…

キリスト教内には宗派がとても多いので、自分の教団が 「正統」と主張しながら他の教団は 「異端」という場合をよく見ます。 一体異端というのは何でしょうか?

宗教的な観点から見て「異端」というのは正しい信仰に反する主張や理論を指します。異端を分別することは私たちの救いにおいて、とても重要な問題です。長い間熱心に信仰生活をして来たとしても、異端に属したら救いを受けることができないからです。それなら…

律法はイエス様の後に廃止されたため、 新約時代には安息日や過越祭のような掟を守る必要がないといいます。その根拠はどこにあるのでしょうか?

律法といえば、一般的には旧約時代のイスラエルの民にのみ該当する法であると理解している人が大多数です。イエス様の十字架の犠牲によって、条件なしに与えられる御恵みが許された新約時代には、これ以上守る律法は存在しないというわけです。しかし、聖書の…

ヘブライ原語聖書には神様が「エロヒム」という複数名詞で記録されているそうですが、それなら神様は一人ではないという意味でしょうか?

おっしゃったように、ヘブライ語聖書のあちこちに、神様はエロヒム(אֱלֹהִים)と表記されています。神様は一人だと思っているのが一般的ですが、このような常識を覆す用語がまさに「エロヒム」です。「エロヒム」は複数の概念を持っているからです。…

聖書には「サマリア」という地名がたびたび登場しますが、サマリアはどんな所でしょうか?またユダヤ人たちがサマリア人を特別に区別した理由は何でしょうか?

イスラエル王国の分裂 サマリアについて知るために、まずイスラエル王国の歴史を調べます。イスラエル王国の初代の王はサウルです。しかし、サウルが神様に不従順であったため王位がダビデに移されます。30歳で王位に座したダビデは神様に完全に従い、律法…

マタイによる福音書22章を見ると、イエス様が「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして神様を愛すること」が第一の掟だと言われましたが、第一の掟は「私をおいて他に神があってはならない」ではないでしょうか?

そのうちの一人、律法の専門家が、イエスを試そうとして尋ねた。「先生、律法の中でどの掟が最も重要でしょうか。」イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。 …

マタイによる福音書 18章のたとえに出てくる一万タラントンと百デナリオンは、今の貨幤制度の基準では、どの位の差がありますか?

「デナリオン」と「タラントン」は新約時代の貨幤の単位です。1デナリオンは重さが約4gであるローマの銀貨で、軍人や日雇いの一日の賃金にあたる金額であり(マタ20:1~2)、1タラントンは地域によって多少差がありますが、普通20㎏から40㎏程度…

聖書を読んでみると神様に「印を受けた」という内容がたびたび出てきます。「印」は何であり、私たちとはどんな関係があるのでしょうか?

「印」は一定の目印にするために個人や団体などの名前を刻んで押すはんこを意味します。神様の印は、神様のはんこです。 神様はどの時代でも正しいと認める時に印を押されます。このような神様の御心によって、使徒職分の印があるかと思えば信仰の義の印もあ…